》料理がお好き。まず録糸《まめそうめん》にてつくる魚翅《ふかのひれ》、湯葉《ゆば》でつくれる火腿《ハム》、たまに彼女はかつて母とともに杭州《コウシュウ》の西湖《サイこ》にある功徳林|蔬《そ》食処へ精進料理を味わいに行った。鹹《つけ》ものは蓮根《れんこん》のぬかづけが好き。だがちかごろは洋食のメニューを並べている。ときどきこっそり支那街へ海蛇《うみへび》の料理を食しにいらっしゃる。婦人病の薬だとて。
衣裳は、[#「衣裳は、」は太字]三十枚のアフタヌーン・ドレス。彼女の年齢と同じだけのイブニング・ドレス。ノラは衣裳道楽だ。アフタヌーンのスカートは短くイブニングのスカートは長い。無地より模様入が好き。色合いは赫《あか》色がかった熱帯色。だが、ノラよ。スリップにつけたレースがまんかいしてスカートから臑《すね》のあたりに××××るのはあまり感心しないがどうしたものか。赤い蛇皮《へびかわ》の靴。保護色のような薄絹の手袋。暗褐色《あんかっしょく》に赤に横縞《よこじま》のあるアンクル・サックス。色眼鏡《いろめがね》。魚の顋《えら》のように赤いガーター。
肉感は、[#「肉感は、」は太字]上海になくてはならぬものの一つ。樹脂《ヤニ》色の唾液《だえき》。象形文字のような骨格。闇色の肉体の隙間。撒水孔《さんすいこう》のような耳環のあと。円形の乳房のある地理。上海が彼女の舞台なら、そのコスチュームはノラの薄鼠色の皮膚だ。新しい薔薇戦争の勃起する魅力がそこにある。黄浦口《コウホコウ》にのぞんだパブリック・ガーデン、そこでは四十幾種類かの[#「四十幾種類かの」は底本では「四十機種類かの」]人種がプラタナスの木蔭を逍遙《しょうよう》している。スペイン女が、ヴェリストのアメリカ女が、権能を知る英国女が、ユーモアを感じさせるロシア女が、流行の尖端《せんたん》を自覚した日本女が、弛緩《しかん》したような朝鮮女が、ニグロの女が、そしてノラの属する混血種の支那女が黄浦灘《パンド》を横切って蘇州路へ、北京路へ、南京路へと立ち去って行く。そこでもし眼かくしさえしていない男なら彼はきっとスペイン女のことを恋の標石塔《スチール》と云い、アメリカ女のことをお喋べりなめかしやと云うだろう。英国女にたいしては憎悪を感じ、ロシア女にたいしては憐憫《れんびん》に似た不快を、日本女は植民地生れの西洋女と間違えてしまい、朝鮮
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