ん》としてズボンのかくしに手を入れ空を仰いで長嘯《ちょうしょう》漫歩しているふぜいである。空はまっさおに、ビルディングの壁面はあたたかい黄土色に輝いている。
こういう光景は十年前にはおそらく見られないものであったろう。この二人はやはり時代を代表している。
ジャズのはやるゆえんである。
四
一週に一度|永代橋《えいたいばし》を渡って往復する。橋の中ほどから西寄りの所で電車の座席から西北を見ると、河岸《かし》に迫って無骨な巌丈《がんじょう》な倉庫がそびえて、その上からこの重い橋をつるした鉄の帯がゆるやかな曲線を描いてたれ下がっている。この景色がまたなく美しい。線の細かい広重《ひろしげ》の隅田川《すみだがわ》はもう消えてしまった代わりに、鉄とコンクリートの新しい隅田川が出現した。そうしてそれが昔とはちがった新しい美しさを見せているのである。少し霧のかかった日はいっそう美しい。
邦楽座《ほうがくざ》わきの橋の上から数寄屋橋《すきやばし》のほうを、晴れた日暮れ少し前の光線で見た景色もかなりに美しいものの一つである。川の両岸に錯雑した建物のコンクリートの面に夕日の当たった
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