ながら近寄って行くのが見えた。
 ぱっと塔のねもとからまっかな雲が八方にほとばしりわき上がったと思うと、塔の十二階は三四片に折れ曲がった折れ線になり、次の瞬間には粉々にもみ砕かれたようになって、そうして目に見えぬ漏斗から紅殻色《べんがらいろ》の灰でも落とすようにずるずると直下に堆積《たいせき》した。
 ステッキを倒すように倒れるものと皆そう考えていたのであった。
 塔の一方の壁がサーベルを立てたような形になってくずれ残ったのを、もう一度の弱い爆発できれいにもみ砕いてしまった。
 爆破という言葉はどうしてもあのこわれ方にはふさわしくない。今まで堅い岩でできていたものが、突然土か灰か落雁《らくがん》のようなものに変わってそのままでするするとたれ落ちたとしか思われない。それでもねもとのダイナマイトの付近だけはたしかに爆裂するので、二三百メートルの距離までも豌豆《えんどう》大《だい》の煉瓦《れんが》の破片が一つ二つ飛んで来て石垣《いしがき》にぶつかったのを見た。
 爆破の瞬間に四方にはい出したあのまっかな雲は実に珍しいながめであった。紅毛の唐獅子《からじし》が百匹も一度におどり出すようであった
前へ 次へ
全13ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング