LIBER STUDIORUM
寺田寅彦
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)浅草凌雲閣《あさくさりょううんかく》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一度|永代橋《えいたいばし》を渡って
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から3字上げ](昭和五年三月、改造)
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一
震災後復興の第一歩として行なわれた浅草凌雲閣《あさくさりょううんかく》の爆破を見物に行った。工兵が数人かかって塔のねもとにコツコツ穴をうがっていた。その穴に爆薬を仕掛けて一度に倒壊させるのであったが、倒れる方向を定めるために、その倒そうとする方向の側面に穴の数を多くしていた。準備が整って予定の時刻が迫ると、見物人らは一定の距離に画した非常線の外まで退去を命ぜられたので、自分らも花屋敷《はなやしき》の鉄檻《てつおり》の裏手の焼け跡へ行って、合図のラッパの鳴るのを待っていた。その時、一匹の小さなのら犬がトボトボと、人間には許されぬ警戒線を越えて、今にも倒壊する塔のほうへ、そんなことも知らずにうそうそひもじそうに焼け跡の土をかぎながら近寄って行くのが見えた。
ぱっと塔のねもとからまっかな雲が八方にほとばしりわき上がったと思うと、塔の十二階は三四片に折れ曲がった折れ線になり、次の瞬間には粉々にもみ砕かれたようになって、そうして目に見えぬ漏斗から紅殻色《べんがらいろ》の灰でも落とすようにずるずると直下に堆積《たいせき》した。
ステッキを倒すように倒れるものと皆そう考えていたのであった。
塔の一方の壁がサーベルを立てたような形になってくずれ残ったのを、もう一度の弱い爆発できれいにもみ砕いてしまった。
爆破という言葉はどうしてもあのこわれ方にはふさわしくない。今まで堅い岩でできていたものが、突然土か灰か落雁《らくがん》のようなものに変わってそのままでするするとたれ落ちたとしか思われない。それでもねもとのダイナマイトの付近だけはたしかに爆裂するので、二三百メートルの距離までも豌豆《えんどう》大《だい》の煉瓦《れんが》の破片が一つ二つ飛んで来て石垣《いしがき》にぶつかったのを見た。
爆破の瞬間に四方にはい出したあのまっかな雲は実に珍しいながめであった。紅毛の唐獅子《からじし》が百匹も一度におどり出すようであった
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