しかるに、不思議なことには、これが老人の歌の拍子にうまく合うように律動的に頭を動かしているように見えるのであった。もしや錯覚かと思って注意してはみたが、どうも老人の唄の小節の最初の強いアクセントと同時に頸《くび》を曲げる場合が著しく多い事だけは確かであるように思われた。してみると、この歌のリズムがなんらかの関係で、直接か間接か鴉の運動神経に作用しているらしく思われた。
 しかし、これだけでは鴉が音の拍節を聴き分けるという証拠には勿論ならない。第一、この映画を撮影している人々が画面の此方《こっち》に大勢いるはずである。その人々の中であるいは指揮棒でも振って老人の歌の拍子をとっているコンダクターがいるかもしれないとすると、鴉はその視覚に感ずるある運動する光像のリズムに反応しているのかもしれない。あるいはまた、誰かわざわざ鴉にそうした芸当をさせるために骨を折って何かしら鴉の注意に働きかけているのかもしれないのである。それよりも、もっと直接に、唄っている老人の膝自身が歌の拍子に従って動くために鳥の神経にそれだけの刺戟を与えているのかもしれない。尤も映画で見られるほどの運動は老人の膝に認められな
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