ジ]

         二十六

      風向《ふうこう》と漁業

 英国南西部の海岸で年々にとれる魚の総数を漁夫の数に割り当てて統計してみると、漁夫一人の漁《りょう》する数が年によって著しくちがう。その原因を詳しく調査してみると、これは全くその年々の平均の風向によるものだという事が知れた。すなわち風が多く沖の方へ吹く年は海岸の潮流も陸を遠く距《はな》れ、魚類の卵は逃げてしまうのでその後は不漁がつづく。これに反して風が潮流を陸近くへ吹き送れば自然に漁が増すのだそうである。
[#地から1字上げ](明治四十年十月二十七日『東京朝日新聞』)
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         二十七

      蟻《あり》の知覚

 蟻が温度の変化に対してどれだけの感覚力をもっているかという事を調べた人の説によると、大抵の蟻は摂氏の〇・五度くらいなわずかな変化でも識別するそうである。また人間の眼には見えぬ紫外光線でもよく感じ、この光を当てると嫌って逃げると云っている。

      恐水病の予防

 昨年中パリのパストゥール免疫所で狂犬に噛まれた人のために恐水病予防の注射を行うた件数が七百七十三、その中で不幸にして該病のために死んだのはわずかに二人しかない。すなわち恐水病というものはほとんど全く予防する事が出来ると云ってもよい。
[#地から1字上げ](明治四十年十月二十八日『東京朝日新聞』)
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         二十八

      癌腫《がんしゅ》の研究

 英国では帝室の保護の下に癌の研究のみをやっている所がある。その基本金の現額は十一万八千余ポンドで、そのうち四万ポンドは某富豪が金婚式の際に寄附したそうである。ここの所長のパシュフォード博士が近頃報告したところに拠れば、癌の療法と称するものは色々あるが、いずれもあまり確実な効験はない。評判のあったトリプシンもあまりきかぬ。今日のところやはり外科手術で患部を取り去る外はあるまいという事である。
[#地から1字上げ](明治四十年十月二十九日『東京朝日新聞』)
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         二十九

      海水用セメント

 普通のセメントは長く海水中に在れば次第に分解して崩れるので、これを防ぐ方法はないかと色々研究した人の説によれば、少量でも礬土《アルミナ》を含んだセメントはこの分解が急に起りにくい。
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