」集中の一首一首の歌にも見られるだれにも気のつく特徴と密接に連関しているものではないかと考えられるのである。
 以上の匆卒《そうそつ》なる瞥見《べっけん》によっても、いわゆる短歌の連作と見らるべきものの中には非常に多様な型式が実存し、極端に単純な輪唱ふうのものから、非常に複雑で進行のテンポの急なものまでいろいろの段階のあることだけはうかがわれると思うのである。
 左千夫《さちお》氏が連作の趣味を形容して「植え込み的趣味」と言っているのはなかなかおもしろいと思われる。実際多くの連作は一つの植え込みをいろいろな角度から飽かずいつまでもながめているような趣があって、この点ではどうしても静的であり絵画的である。しかし近来の連作と見らるるものの中には事件の進行を時間的に順次に描いて行く点で、たとえば活動映画的とでもいうべきものもある。そうして最後にあげた一例になると、もはや事件の報告的進行ではなくて、印象や感覚の旋律的な進行になっていて、そうしてまさにこの点で従来自分の述べて来た連句の旋律的進行とかなりまで共通な要素を備えているように思われるのである。
 こういうふうに考えて来ると短歌連作と称するものの世界と連句の世界とは必ずしも一見そう思われるように全然かけ離れたものではなくて、ある一つの大きな全体の二つの部分であってその両者の間をつなぐべき橋梁《きょうりょう》の存在が可能であるということが想像されて来るのである。
「連作論」中に、左千夫《さちお》の問いに答えて子規が「俳句は総合的で複雑なものだから連作の必要がないが、短歌は連続的で単純なものであるから連作ができる」というような意味のことを言ったとある。これも後に述べるように解釈次第では一面の真をうがっていると思われるが、ただこの問答の中で子規があたかも連句というものの存在を全然忘却あるいは無視しているように見えるのが不思議である。(もっともこの問答の記事は左千夫氏が聞いたのを覚え書きにしたので多少の誤りがあるかもしれぬと断わってある)。しかしわれわれ初心の者が連句を作る際に往々一句の長句あるいは短句の内にあまりたくさんの材料を詰め込むためにかえって連句の体を失し、その結果付け句を困難ならしめることがあるのは、畢竟《ひっきょう》俳句と連句との区別を忘れるためであると感じることがしばしばある。こういう自分の体験と思い合わせて考えてみるとこの子規の言ったという言葉にも味わうべき点があるようにも思われて来るのである。実際俳句を並べただけでは決して連句はできないのである。そうかと言ってまた短歌連作の多数のものは連句とあまりに距離が大きい。しかし短歌連作をいろいろと開拓して行くうちにはあるいは一方ではおのずからいわゆる連歌の領域に接近し、したがってまた自然に連句とも形式ならびに内容において次第に接近して行くという事も充分可能である。他方ではまた、少なくも現在では連句とは全く別物と思われる連作の型式から進化して行って、そうして現在の歌仙などとはかなりちがった別種の連句形式が生ずるという可能性も想像されなくはない。われわれ連句を研究するものの興味は実に主としてこの点にかかるのである。それでわれわれにとっては、こういう目をもっている短歌連作の進化の歴史を追跡することも決して無用ではあるまいと思われるのである。
 以上は一時の思いつきのようなものに過ぎないのであるが、一つの研究題目を提出するような意味で、思ったままをここにしるしてあえて読者の教えをこうことにした。もしさらに短歌の研究者の側から見たこの問題に対する意見を聞くことができれば教えられるところが少なくないであろうと思うのである。
[#地から3字上げ](昭和六年十二月、渋柿)

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 以上に続いてまだいろいろ書くつもりであったのが都合で一時中止したままになっている。他日機会があったらもう少し補充してまとめたいと思っているが、本書所載の他の論文にしばしば引き合いに出ている関係上参照の便宜のためにこのままここに採録した次第である。
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底本:「寺田寅彦随筆集 第三巻」小宮豊隆編、岩波文庫、岩波書店
   1948(昭和23)年5月15日第1刷発行
   1963(昭和38)年4月16日第20刷改版発行
   1997(平成9)年9月5日第64刷発行
※作品末の一節は、随筆集「蒸発皿」(1933(昭和8)年)刊行にあたって、追記されたものです。
入力:(株)モモ
校正:かとうかおり
2003年6月25日作成
青空文庫作成ファイル:
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