れば、普通の文学的作品は一種の分析《アナリシス》であるのに対して連句は一種の編成《シンテシス》であるとも言われる。前者は与えられた一つのものに内在する有機的構造を分析展開して見せるに対して、後者は与えられた離れ離れの材料からそれによって合成されうべき可能の圏内に独創機能を働かせて建築を構成し綾錦《あやにしき》を織り成すものだとも言われないことはないのである。こういう意味でも連句はやはりいちばんよく楽曲に似ている。そうして多数の作者より成る連句はまさに一つの管弦楽に類していると言ってもはなはだしい不倫の比較ではあるまいと思われるのである。ただ一種の楽器のあまり長い独奏は聴者の倦怠《けんたい》をきたしやすい。もっともピアノなどにはしばしば相当長い独奏曲があるにはあるが、これはしかし、見方によれば常にあまたの同時に響く音の並行であって、肉声ならばちょうど四部合唱のようなものを一つの器械を借りて一人の手で奏しているようなものである。実際、ピアノの高いほうの音と低い音のほうではいわゆる「音色」の感じにもいくらかの違いがあると考えれば考えられなくもないのである。それでもピアノの大曲となればやはりコンツェルトのように管弦が添うのが常である。合奏として見た連句で、三人ないし四五人までの共同制作になるものに比較さるべきものとしては各種のいわゆる「室内楽」がある。すなわち三重奏《トリオ》、四重奏《カルテット》、五重奏《クインテット》と称するのがそれである。二人だけの連吟はもちろん二重奏《デュエット》であるが、場合によっては一方が独奏で他方は伴奏のような感じを与えるものさえもないではない。
試みに芭蕉七部集をひもといて二三の実例について考えてみる。まず試みに「炭俵」上巻の初めにある芭蕉|野坡《やば》の合奏を調べてみると、「むめが香にのっと日の出る山路かな」の発句にはじまって、「屏風《びょうぶ》の陰に見ゆる菓子盆」の揚げ句に終わる芭蕉のパートにはいったいにピッチの高いアクセントの強い句が目に立つ。これに相和する野坡のパートにはほとんど常に低音で弱い感じが支配しているように思われる。「家普請《やぶしん》を春のてすきにとり付いて」(野)の静かな低音の次に「上《かみ》のたよりにあがる米の値」(芭)は、どうしても高く強い。そうして「宵《よい》の内はらはらとせし月の雲」(芭)と一転しているのは一見おとなしいようでもあるが、これを次に来る野坡の二句「藪越《やぶご》しはなす秋のさびしき」「御頭《おかしら》へ菊もらわるるめいわくさ」の柔らかく低いピッチに比べると、どうしても違った積極的主動的の音色を思わせる。なんとなく、たとえば芭蕉がヴァイオリン、野坡《やば》がセロとでもいったような気がするのである。それから「娘を堅う人にあわせぬ」と強く響くあとに「奈良通《ならがよ》い同じつらなる細元手」と弱く受ける。「ことしは雨のふらぬ六月」(芭)はちょっと見るとなんでもないようで実ははなはだしくきつく響いており、「預けたるみそとりにやる向こう河岸《がし》」(野)は複雑なようで弱い。「ひたといい出すお袋の事」と上がれば「よもすがら尼の持病を押えける」と下がるのである。……こういうふうに全編を通じて見て行っても芭蕉と野坡の「音色」の著しいちがいはどこまでも截然《せつぜん》と読者の心耳に響いて明瞭《めいりょう》に聞き分けられるであろう。同じように、たとえば「炭俵」秋の部の其角《きかく》孤屋《こおく》のデュエットを見ると、なんとなく金属管楽器と木管楽器の対立という感じがある。前者の「秋の空尾の上《え》の杉《すぎ》に離れたり」「息吹きかえす霍乱《かくらん》の針」「顔に物着てうたたねの月」「いさ心跡なき金のつかい道」等にはなんらか晴れやかに明るいホルンか何かの調子があるに対して「つたい道には丸太ころばす」「足軽の子守《こもり》している八つ下がり」その他には少なくも調子の上でどことなく重く濁ったオボーか何かの音色がこもっている。最後にもう一つ「猿蓑《さるみの》」で芭蕉|去来《きょらい》凡兆《ぼんちょう》の三重奏《トリオ》を取ってみる。これでも芭蕉のは活殺自由のヴァイオリンの感じがあり、凡兆は中音域を往来するセロ、去来にはどこか理知的常識的なピアノの趣がなくはない。
しかしこういう見立てのようなことはもちろん見る人によっていろいろちがいうるものであり、なんら絶対普遍的価値のないものである。従って、そういう無理な比較を列挙するのがここの目的ではない。ただこういう仮設的な比較によって、連句におけるいろいろな個性の対立ということがいかに重要なものであるかを理解するための一つの展望的見地を得ようとするに過ぎないのである。
こういうふうに考えて来た後に、連句のうちでも独吟というものにどうもあまりお
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