藍《だいがらん》はしんとしていた。そこらにある電燈などのないほうがよさそうにも思われた。ドーム前の露店で絵はがきやアルバムを買った。売り子は美しい若い女で軽快な仏語をさえずっていた。
[#地から3字上げ](大正十年三月、渋柿)
十 ミラノからベルリン
五月五日
七時二十分発ベルリン行きの D−Zug に乗る。うっかりバーゼル止まりの客車へ乗り込んでいたが、車掌に注意されてあわててベルリン直行のに乗り換えた。
コモやルガノの絵のような湖も見られた。ボートの上にカンバスをかまぼこ形に張ったのが日本の屋根舟よりはむしろ文人画中の漁舟を思い出させた。きれいな小蒸汽が青い水面に八の字なりに長い波を引いてすべって行くのもあった。
牧場の周囲に板状の岩片を積んだ低い石垣《いしがき》をめぐらし、出入り口にはターンパイクがこしらえてあった。日当たりのいい山腹にはところどころに葡萄畑《ぶどうばたけ》がある。そして道ばたにマドンナを祭るらしい小祠《しょうし》はなんとなく地蔵様や馬頭観世音のような、しかしもう少し人間くさい優しみのある趣のものであった。西洋でもこんなものがあるかと思ってたの
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