かなりはっきり現れる、そうして海陸の位置分布の関係でこの凪の時間が異常に引延ばされるらしい。これに反して東京の夏には地方的季節風が相当強い南東風として発達しているためにそれが海陸風と合成され、もしこれがなければべた凪になるはずの夕方の時刻に涼しい南東がかった風を吹かせるらしい。その同じ季節風が朝方には陸風と打消し合って朝凪を現出することになるのである。
 低気圧が近づいて来るとその影響で正常な季節風が狂って来る。低気圧による北西風が丁度この南東風を打消すようになる場合には海陸風だけが幅を利かせて、従って夕凪が顔を出す。しかし低気圧がもう一層近くなってそれが季節風を消却してなおおつりの出る場合には、夕風は夕風でもいつもとは反対の夕風が吹くのである。同じような異常は局部的な雷雨のためにもいろいろの形で起り得るのである。
「浮世の風」となるとこんな二つや三つくらいの因子でなくてもっと数え切れないほど沢山な因子が寄り集まって、そうしてそれらの各因子の結果の合成によって凪になったり風になったりするものらしい。
 このごろはしばらく「世界の夕凪」である。いまにどんな風が吹き出すか、神様以外には誰に
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