のように吹き出した。それを引きずり引きずり高い葉へ高い葉へと登って行った。その間にも噛みこなす事は休まず続けているので、毛虫の形はだんだんに消えて緑がかった黒色の塊に変りつつあった。そのうちに蜂は一度羽根を拡げて強く振動させた、おそらく飛び上がろうとしたのであろうが、虫の重量はこの蜂の飛揚力以上であったと見えて少しも動かなかった。どうするかと思っていると、このやや長味のある団塊をうまく二つに食い切って、その片方を丁寧に丸めた後に、それを銜《くわ》えて前日と同じ方向へ飛んで行った。
立ち際にその尾部から一、二滴の透明な液体を分泌するのがよく見えた。おそらく噛みながら吸い取った毛虫の汁で腹が膨れた結果かもしれない。
残りの半分を今に取りに来るのではあるまいかと思ったので、ものの十分ほども待っていたその間に全く別の方向から同じような蜂が飛んで来て薔薇の上をしばらくあさっていたが、さっきの団子の残りの半分のつい近くまで行っても気付かないで、そのうちどこかへ飛んで行ってしまった。
二時間もたって見に行った時には、毛虫の半分の団塊はもうなくなっていた。それは何物が持ち去ったかよくは分らない。しかし多くの蜂について従来知られている事実から推してこの残りの半分も、それの正当な権利者の巣に搬《はこ》ばれたものと思ってもいいだろう。実際は他の巣の住民に横領されたかもそれは分らない。
私はこの蜂の巣を見付けたい、そしてこの珍奇な虫の団子がそこでいかに処理されるかを知りたいものだと思っている。
虫の行為はやはり虫の行為であって、人間とは関係はない事である。人として虫に劣るべけんやというような結論は今日では全く無意味な事である。それにもかかわらず虫のする事を見ていると実に面白い。そして感心するだけで決して腹が立たない。私にはそれだけで充分である。私は人間のする事を見ては腹ばかり立てている多くの人達に、わずかな暇を割いて虫の世界を見物する事をすすめたいと思う。[#地から1字上げ](大正十年七月『解放』)
底本:「寺田寅彦全集 第二巻」岩波書店
1997(平成9)年1月9日発行
入力:Nana ohbe
校正:noriko saito
2005年2月20日作成
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