た補正で除去する事が出来るのである。天体の影響などは云うに足らぬし、普通の場合ならば電気や磁気の影響は小さいであろうが、しかしもし不注意にも鉄の振子を強い磁石の傍で振らせたり、あるいは軽い振子の場合に箱のガラスが荷電していたりしては決して正しい結果は得られるはずはない。箱の中でなく風のある部屋でむき出しの振子を振らせても同様である。それで一つの方則を実験しようというならば、その実験を支配し得る種々の原因要素を分解して、その内から特にその方則に指定した要素のみを抽出し、他のものを除くようにしなければ予定の結果を得る事は出来ない。少し極端な云い分ではあるが、物理学の方則というものは決して完全には実現し得られない抽象的事実の云い表わしであって、ただ条件を「方則の条件」に近くすればするほど、結果も漸近的にどこまでも「方則の結果」に近よるといった方が却って穏当かもしれない。
こういう事を全く考えずに、ただ物理学教科書のみによって物理学を学んでいれば事柄は至極簡単で、太平無事であるが、一《ひ》と度《たび》書物以外に踏みだして実験をするという事になり、始めてありのままの自然に面するとなると、誠に厄介な事になって来る。若干の柔道の型を覚えていても敵と組打をやるとなれば敵の方で型の通りになってくれないと一般、眼前の自然は教科書の自然のように注文通りになっていてくれぬから難儀である。
例えば早い話が教科書や試験問題には長さ一メートルの物差とか一グラムの分銅《ふんどう》とかいう言葉が心配げもなく使ってあるが、実際には決して精密に一メートルとか一グラムとかいう量に出逢う機会は皆無と云ってよい。ただ必要に応じて差しつかえのない程度まで単位の長さや重さに近いように作ったものに過ぎない。生徒に実験を授ける際に一度は必ずこういう点にも注意を喚起しなければならぬと思う。紙の尺度や竹の尺度などを比較させて見るもよかろうし、また十グラムの分銅二つと二十グラムの分銅一つとを置換して必ずしも同じでない事を示し、精密なる目的には尺度の各分劃、分銅の各個につき補正を要する事や、温度による尺度の補正などの事も、少なくもそういうものがあるくらいは、中学校でも授けておきたいと思う。少なくも精密の度というものは比較的のものである事をよく理解させるが肝要であると思う。
また「大きさ一様なる棒」とか「平面」とか「球面
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