異を認めない。六十余種の原素もおそらくはただ陰陽電子の異なる排列に過ぎぬと考えられる。いよいよ進んで物質とエネルギーは一元に帰しようとする傾向さえ生じている。従来不可解の疑問たる万有引力なるものもまた光との間になんらかの連鎖をほのめかしているのである。
 物理の理の字は正にかくのごとき総括を意味するとも云える。直接五感に触れる万象をことごとく偶然と考えないとすれば、経験が蓄積するにつれて概括抽象が行われ箇々の方則を生じ、これらの方則が蓄積すれば更に一段上層の概括が起る。そうなればもはや人間というものは宇宙の片隅に忘れられてしまって、少数の観念と方則が独り幅を利かすようになって来るのである。しかもこの大系統は結局人間の産物であって人間現在の知識の範囲内にのみ行わるるものである。ポアンカレーは「方則は不変なりや」という奇問を発している。[#地から1字上げ](大正四年頃)



底本:「寺田寅彦全集 第五巻」岩波書店
   1997(平成9)年4月4日発行
入力:Nana ohbe
校正:松永正敏
2006年7月13日作成
青空文庫作成ファイル:
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