カする音色にほかならないのである。古人が曲輪《くるわ》の内より取り合わせるか、外よりするかということを問題にしているのはやはりここの問題に関したものであると思われる。また付け合わせに関して「浅きより深きに入り深きより浅きにもどるべし」と言われているのもやはり同じ問題に触れるところがあるように思われるのである。「俳諧はその物その事をあまりいわずただ傍《かたわら》をつまみあげてその響きをもって人の心をさそう」のである。
 この潜在意識によるモンタージュの方法は連俳において最も顕著に有効に駆使せられる。連句付け合わせの付け心は薄月夜に梅のにおえるごとくあるべしというのはまさにこれをさすのである。におい、響き、移り、おもかげ、位、景色などというのも畢竟《ひっきょう》はこの潜在的連想の動態の種々相による分類であるに過ぎないと思われる。これらの方法によって「無心のものを有心にしなして造化に魂を入れる事」が可能になるのである。
 常に俳諧に親しんでその潜在意識的連想の活動に慣らされたものから見ると、たとえば定家《ていか》や西行《さいぎょう》の短歌の多数のものによって刺激される連想はあまりに顕在的であり、訴え方があらわであり過ぎるような気がするのをいかんともすることができない。斎藤茂吉《さいとうもきち》氏の「赤光《しゃっこう》」の歌がわれわれを喜ばせたのはその歌の潜在的暗示に富むためであった。
 潜在的であるゆえにまた俳諧の無心所着的《むしんしょじゃくてき》な取り合わせ方は夢の現象における物象の取り合わせに類似する。夢の推移は顕在的には不可能であるが、心理分析によってこれを潜在意識の言葉に翻訳するとそれが必然的な推移であって、しかもその推移がその夢の作者の胸裏の秘密のある一面の「流行の姿」を物語ることになるのである。ここにも「虚実の出入」があるといわれる。
 夢には色彩が無いという説がある。その当否は別として、この事と「他門の句は彩色のごとし。わが門の句は墨絵のごとくすべし。おりにふれては彩色の無きにしもあらず。心他門にかわりてさびしおりを第一とす」というのと対照してみると無限の興趣がある。夢でも俳諧でも墨絵でも表面に置かれたものは暗示のための象徴であって油絵の写生像とは別物なのである。色彩は余分の刺激によって象徴としての暗示の能力を助長するよりはむしろ減殺する場合が多いであろう。 
 それはとにかく材料の選択と取り合わせだけではまだ発句はできない。これをいかに十七字の容器に盛り合わせるかが次の問題である。この点においても芭蕉一門の俳句は実に行くところまでいったん行き着いているように思われる。材料は割合に平凡でも生け方で花が生動するように少しの言葉のはたらきで句は俄然《がぜん》として躍動する。たとえば江上の杜鵑《ほととぎす》というありふれた取り合わせでも、その句をはたらかせるために芭蕉が再三の推敲《すいこう》洗練を重ねたことが伝えられている。この有名な句でもこれを「白露江《はくろえ》に横たわり水光《すいこう》天に接す」というシナ人の文句と比べると俳諧というものの要訣《ようけつ》が明瞭《めいりょう》に指摘される。芭蕉は白露と水光との饒舌《じょうぜつ》を惜しげなく切り取って、そのかわりに姿の見えぬ時鳥《ほととぎす》の声を置き換えた。これは俳諧がカッティングの芸術であり、モンタージュの芸術であることを物語る手近な一例に過ぎない。
 俳諧は截断《せつだん》の芸術であることは生花の芸術と同様である。また岡倉《おかくら》氏が「茶の本」の中に「茶道は美を見いださんがために美を隠す術であり、現わす事をはばかるようなものをほのめかす術である」と言っているのも同じことで、畢竟《ひっきょう》は前記の風雅の道に立った暗示芸術の一つの相である。「言いおおせて何かある」「五六分の句はいつまでも聞きあかず」「七八分ぐらいに言い詰めてはけやけし」「句にのこすがゆえに面影に立つ」等いずれも同様である。このような截断《せつだん》節約は詩形の短いという根本的な規約から生ずる結果[#「結果」に傍点]であるが、同時にまた詩形の短さを要する原因[#「原因」に傍点]ともなるのである。
 同じ二つのものを句上に排列する前後によって句は別物になる。これは初心の句作者も知るところである。てにはただ一字の差で連歌と俳諧の差別を生じ、不易だけの句に流行の姿を生ずる。これらは例証するまでもないことである。
 てにはは日本語に特有なものである。「わが国はてには第一の国」である。西洋の言語学者らはだれもこのおそるべき利器の威力を知らない。短歌でもそうであるが、俳句においてこの利器はいっそうその巧妙な機能を発揮する。てにはは器械のギアーでありベアリングである。これあってはじめて運転が可能になる。表面上てに
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