あろうか。自分の見るところでは、たぶんその日になっても十七字俳句はやはり存続するであろうと思われる。生物の進化で考えてみると、猿《さる》や人間が栄える時代になっても魚は水に鳥は空におびただしく繁殖してなかなか種は尽きそうもない。それにはやはりそれだけの理由があるからである。芸術のほうで考えてみてもなおさらのこと一時は新しいものが古いものを掩蔽《えんぺい》するように見えても、その影からまたいちばん古いものが復活してくる。古くからあったという事実の裏には時の試練に堪えて長く存続すべき理由条件が具備しているという実証が印銘されているからである。
 以上は新型式の勃興《ぼっこう》に惰眠《だみん》をさまされた懶翁《らんおう》のいまださめ切らぬ目をこすりながらの感想を直写したままである。あえて読者の叱正《しっせい》を祈る次第である。
[#地から3字上げ](昭和九年十一月、俳句研究)


底本:「寺田寅彦随筆集 第五巻」岩波文庫、岩波書店 
   1948(昭和23)年11月20日第1刷発行 
   1963(昭和38)年6月16日第20刷改版発行 
   1997(平成9)年9月5日第65刷発行

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