てよこせば、それを詳しく調べた上で、その人の年恰好、顔形、歩き振り、衣服、食物の好みなどを当てて見せる」という。しかしそれくらいの事が自慢になるようであったら世の中に易者や探偵という商売は存在しない訳であり、奥歯一本の化石から前世界の人間や動物の全身も描きだすような学者はあり得ない訳である。
色々と六《むつ》かしい、しかもたいていはエゴイスティックな理窟を並べてはいるようであるが、結局は、当り前分り切った年賀状の効能を五十の坂を越えてから始めてやっと気のつくようになったのであるらしい。いったいこれに限らず彼の考える事、する事はたいがい人よりちょうど一時代だけ後れているようである。幸いに永生きをして八十くらいになったら、その時にそろそろマルクス、エンゲルスの研究でも始めるだろうと皆でうわさをすることである。しかし負け惜しみの強い彼の説によると「世界は循環する。いちばんおくれたものが結局いちばん進んでいることになる」というのである。別に議論にもならないから、われわれ友人の間ではただ機嫌よく笑ってすむのである。
友人鵜照君の年賀状観の変遷史をここに御紹介して読者の御参考あるいはお笑い草に資するのである。[#地から1字上げ](昭和四年一月『東京朝日新聞』)
底本:「寺田寅彦全集 第三巻」岩波書店
1997(平成9)年2月5日発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 文学篇」岩波書店
1985(昭和60)年発行
初出:「東京朝日新聞」
1929(昭和4)年1月1日、3日
※初出時の署名は「吉村冬彦」。
※「続冬彦集」に収録された。
※「複雑なる網を」は、底本では「複難なる網を」ですが、親本を参照して直しました。
入力:砂場清隆
校正:多羅尾伴内
2003年11月11日作成
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