は小笹《おざさ》生い茂りて土すべりがちなるなど雑鬧《ざっとう》の中に幽趣なるはこの公園の特徴なるべし。西郷像の方へ行きたれども書生の群多くてうるさければ引きかえしパノラマ館裏手の坂を下る。こゝは稍《やや》静かなれど紅塵ようやく深く鉄道構内の煤煙風に迷うもうるさし。踏切を越えて通りかゝりし鉄道馬車にのる。乗客多くて坐る余地もなければ入口に凭《もた》れて倒れんとする事幾度。公園裏にて下り小路《こうじ》を入れば人の往来織るがごとく、壮士芝居あれば娘|手踊《ておどり》あり、軽業カッポレ浪花踊《なにわおどり》、評判の江川の玉乗りにタッタ三銭を惜しみたまわぬ方々に満たされて囃子《はやし》の音ただ八《や》ヶまし。猿に餌をやるどれほど面白きか知らず。魚釣幾度か釣り損ねてようやく得たる一尾に笑靨《えくぼ》傾くる少年帰ってオッカサンに何をはなすか。写真店の看板を見る兵隊さん。鯉に麩《ふ》を投ぐる娘の子。凌雲閣上《りょううんかくじょう》人《ひと》豆のごとしと思う我を上より見下ろして蛆《うじ》のごとしと嘲りし者ありしや否や。右へ廻れば藤棚の下に「御子供衆への御土産一銭から御座ります」と声々に叫ぶ玩具売《おもちゃう》りの女の子。牡丹燈籠《ぼたんどうろう》とかの活人形《いきにんぎょう》はその脇にあり。酒中花《しゅちゅうか》欠皿《かけざら》に開いて赤けれども買う人もなくて爺が煙管《きせる》しきりに煙を吐く。蓄音機今|音羽屋《おとわや》の弁天小僧にして向いの壮士腕をまくって耶蘇教《やそきょう》を攻撃するあり。曲書きのおじさん大黒天の耳を書く所。砂書きの御婆さん「へー有難う、もうソチラの方は御済《おすみ》になりましたかなー、もうありませんかなー。」へー有難うこれから当世白狐伝を御覧に入れる所なり。魔除《まよけ》鼠除けの呪文、さては唐竹割《からたけわり》の術より小よりで箸を切る伝まで十銭のところ三銭までに勉強して教える男の武者修行めきたるなど。ちと人が悪いようなれども一切|只《ただ》にて拝見したる報いは覿面《てきめん》、腹にわかに痛み出して一歩もあゆみ難くなれり。近きベンチへ腰をかけて観音様を祈り奉る俄信心《にわかしんじん》を起すも霊験《れいげん》のある筈なしと顔をしかめながら雷門《かみなりもん》を出《い》づれば仁王の顔いつもよりは苦《にが》し。仲見世《なかみせ》の雑鬧《ざっとう》は云わずもあるべし。
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