でほとんど同時に山火事を発することもそう珍しくはない。そういう時はたいていきまって著しい不連続線が日本海を縦断して次第に本州に迫って来る際であって同時に全国いったいに気温が急に高まって来るのが通例である。そういう時にたとえばラジオによって全国に火事注意の警報を発し、各村役場がそれを受け取った上でそれを山林地帯の住民に伝え、青年団や小学生の力をかりて一般の警戒を促すような方法でもとれば、それだけでもおそらく森林火災の損害を半減するくらいのことはできそうに思われる。われわれ素人《しろうと》の考えではこのくらいのことはいつでもわけもなくできそうに思われるのに、実際はまだどこでもそういう方法の行なわれているという話を聞かない。そうして年々数千万円の樹林が炎となり灰となっていたずらにうさぎやたぬきを驚かしているのである。そうして国民の選良たる代議士でだれ一人として山火事に関する問題を口にする人はないようである。
 数年前山火事に関する若干の調査をしたいと思い立って、目ぼしい山火事のあったときに自分の関係の某《ぼう》官衙《かんが》から公文書でその山火事のあった府県の官庁に掛け合って、その山火事の延焼の過程をできるだけ詳しく知らせてくれるように頼んでやったことがあった。しかしその結果は予期に反する大失敗であって、どこからもなんらの具体的の報告が得られなかったばかりか、返事さえもよこしてくれない県が多かった。これはおそらく、どこでも単に「山火事があった」「何千町歩やけた」というくらいの大ざっぱなこと以上になんらの調査も研究もしていないということを物語るものであろうと思われた。たださえ忙しい県庁のお役人様はこの上に山火事の調査まで仰せつかっては困ると言われるかもしれないが、しかしこれも日本のためだと思って、もう少しめんどうを見てもらいたいと思うのである。山が焼ければ間接には飛行機や軍艦が焼けたことになり、それだけ日本が貧乏になり国防が手薄になるのである。それだけ国民全体の負担は増す勘定である。
 いずれにしても今回のような大火は文化をもって誇る国家の恥辱であろうと思われる。昔の江戸でも火事の多いのが自慢の「花」ではなくて消防機関の活動が「花」であったのである。とにかくこのたびの災害を再びしないようにするためには単に北海道民のみならず日本全国民の覚醒《かくせい》を要するであろう。政府で
前へ 次へ
全11ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング