いると考えるのである。
 日本における特異の気象現象中でも最も著しいものは台風であろう。これも日本の特殊な地理的位置に付帯した現象である。「野分《のわき》」「二百十日」こういう言葉も外国人にとっては空虚なただの言葉として響くだけであろう。
 気候の次に重要なものは土地の起伏水陸の交錯による地形的地理的要素である。
 日本の島環の成因についてはいろいろの学説がある。しかし日本の土地が言わば大陸の辺縁のもみ砕かれた破片であることには疑いないようである。このことは日本の地質構造、従ってそれに支配され影響された地形的構造の複雑多様なこと、錯雑の規模の細かいことと密接に連関している。実際日本の地質図を開いてそのいろいろの色彩に染め分けられたモザイックを、多くの他の大陸的国土の同尺度のそれと見比べてみてもこの特徴は想像するに難くない。このような地質的多様性はそれを生じた地殻運動《ちかくうんどう》のためにも、また地質の相違による二次的原因からも、きわめて複雑な地形の分布、水陸の交錯を生み出した、その上にこうした土地に固有な火山現象の頻出《ひんしゅつ》がさらにいっそうその変化に特有な異彩を添えたようである。
 複雑な地形はまた居住者の集落の分布やその相互間の交通網の発達に特別な影響を及ぼさないではおかないのである。山脈や河流の交錯によって細かく区分された地形的単位ごとに小都市の萌芽《ほうが》が発達し、それが後日封建時代の割拠の基礎を作ったであろう。このような地形は漂泊的な民族的習性には適せず、むしろ民族を土着させる傾向をもつと思われる。そうして土着した住民は、その地形的特徴から生ずるあらゆる風土的特徴に適応しながら次第に分化しつつ各自の地方的特性を涵養《かんよう》して来たであろう。それと同時に各自の住み着いた土地への根強い愛着の念を培養して来たものであろう。かの茫漠《ぼうばく》たるステッペンやパンパスを漂浪する民族との比較を思い浮かべるときにこの日本の地形的特徴の精神的意義がいっそう明瞭《めいりょう》に納得されるであろうと思われる。
 この地質地形の複雑さの素因をなした過去の地質時代における地殻《ちかく》の活動は、現代においてもそのかすかな余響を伝えている。すなわち地震ならびに火山の現象である。
 わずかに地震計に感じるくらいの地震ならば日本のどこかに一つ二つ起こらない日はまれであり、顕著あるいはやや顕著と称する地震の一つ二つ起こらない月はない。破壊的で壊家を生じ死傷者を出すようなのでも三四年も待てばきっと帝国領土のどこかに突発するものと思って間違いはない。この現象はわが国建国以来おそらく現代とほぼ同様な頻度《ひんど》をもって繰り返されて来たものであろう。日本書紀第十六巻に記録された、太子が鮪《しび》という男に与えた歌にも「ない」が現われており、またその二十九巻には天武《てんむ》天皇のみ代における土佐国《とさのくに》大地震とそれに伴なう土地陥没の記録がある。
 地震によって惹起《じゃっき》される津波もまたしばしば、おそらく人間の一代に一つか二つぐらいずつは、大八州国《おおやしまのくに》のどこかの浦べを襲って少なからざる人畜家財を蕩尽《とうじん》したようである。
 動かぬもののたとえに引かれるわれわれの足もとの大地が時として大いに震え動く、そういう体験を持ち伝えて来た国民と、そうでない国民とが自然というものに対する観念においてかなりに大きな懸隔を示しても不思議はないわけであろう。このように恐ろしい地殻《ちかく》活動の現象はしかし過去において日本の複雑な景観の美を造り上げる原動力となった大規模の地変のかすかな余韻であることを考えると、われわれは現在の大地のおりおりの動揺を特別な目で見直すこともできはしないかと思われる。
 同じことは火山の爆発についても言われるであろう。そうして火山の存在が国民の精神生活に及ぼした影響も単に威圧的のものばかりではない。
 日本の山水美が火山に負うところが多いということは周知のことである。国立公園として推された風景のうちに火山に関係したもののはなはだ多いということもすでに多くの人の指摘したところである。火山はしばしば女神に見立てられる。実際美しい曲線美の変化を見せない火山はないようである。火山そのものの姿が美しいのみならず、それが常に山と山との間の盆地を求めて噴出するために四周の景観に複雑多様な特色を付与する効果をもっているのである。のみならずまた火山の噴出は植物界を脅かす土壌《どじょう》の老朽に対して回春の効果をもたらすものとも考えられるのである。
 このようにわれらの郷土日本においては脚下の大地は一方においては深き慈愛をもってわれわれを保育する「母なる土地」であると同時に、またしばしば刑罰の鞭《むち》をふるってわ
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