である。
 われわれは通例便宜上自然と人間とを対立させ両方別々の存在のように考える。これが現代の科学的方法の長所であると同時に短所である。この両者は実は合して一つの有機体を構成しているのであって究極的には独立に切り離して考えることのできないものである。人類もあらゆる植物や動物と同様に長い長い歳月の間に自然のふところにはぐくまれてその環境に適応するように育て上げられて来たものであって、あらゆる環境の特異性はその中に育って来たものにたとえわずかでもなんらか固有の印銘を残しているであろうと思われる。
 日本人の先祖がどこに生まれどこから渡って来たかは別問題として、有史以来二千有余年この土地に土着してしまった日本人がたとえいかなる遺伝的記憶をもっているとしても、その上層を大部分|掩蔽《えんぺい》するだけの経験の収穫をこの日本の環境から受け取り、それにできるだけしっくり適応するように努力しまた少なくも部分的にはそれに成効して来たものであることには疑いがないであろうと思われる。
 そういうわけであるから、もし日本人の自然観という問題を考えようとするならば、まず第一に日本の自然がいかなるものであって、いかなる特徴をもっているかということを考えてみるのが順序であろうと思われる。
 もっとも過去二千年の間に日本の自然が急激に異常な変化をしたのだとすると問題は複雑になるが、幸いにも地質時代の各期に起こったと考えられるような大きな地理的気候的変化が日本の有史以後には決して起こらなかったと断言してもほとんど間違いはないと思われるから、われわれは安心して現在の日本の天然の環境がそのままにわれわれ祖先の時代のそれを示していると仮定してもはなはだしい誤謬《ごびゅう》に陥る心配はないであろうと思われる。
 それで以下にまず日本の自然の特異性についてきわめて概略な諸相を列記してみようと思う。そうしてその次に日本人がそういう環境に応じていかなる生活様式を選んで来たかということを考えてみたら、それだけでも私に課せられた問題に対する私としての答解の大部分はもう尽くされるのではないかと思われる。日本人を生んだ自然とその中における生活とがあってしかる後に生まれ出た哲学宗教思想や文学芸術に関する詳細な深奥な考察については、私などよりは別にその人に乏しくないであろうと思われる。

     日本の自然

 日本に
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