凍雨と雨氷
寺田寅彦
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)木花《きばな》と
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(例)[#地から1字上げ](大正十年二月『東京朝日新聞』)
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大気中の水蒸気が凍結して液体または固体となって地上に降るものを総称して降水と言う。その中でも水蒸気が地上の物体に接触して生ずる露と霜と木花《きばな》と、氷点下に過冷却された霧の滴《しずく》が地物に触れて生ずる樹氷または「花ボロ」を除けば、あとは皆地上数百ないし数千メートルの高所から降下するものである。その中でも雨と雪は最も普通なものであるが、雹《ひょう》や霰《あられ》もさほど珍しくはない。霙《みぞれ》は雨と雪の混じたもので、これも有りふれた現象である。
以上挙げたものの外に稀有《けう》な降水の種類として凍雨と雨氷を数える事が出来る。
我邦《わがくに》では岡田博士に従って凍雨の名称の下に総括されているものの中にも種々の差別があって、その中には透明な小さい氷球や、ガラスの截片《せっぺん》のような不規則な多角形をしたものや、円錐形《えんすいけい》や円柱形をしたものもある。氷球は全部透明なものもあるが内部に不透明な部分や気泡を含んでいるものもある。北米合衆国の気象台で定めたスリート(sleet)というものの定義が大体この凍雨に相当している。(英国で俗にスリートと言うのは我邦の霙である。)スリートとして挙げられているものの中には、以上のようなものの外に雪片のつながったのが一度溶けかけてまた凍った事を明示するようなものや、氷球の一方から雪の結晶が角《つの》を出しているのや、球の外側だけが氷で内部は水のままでいるのもある。
次に雨氷と称するものは、過冷却された雨滴が地物に触れて氷結するものである。これが降ると道路はもちろん樹木の枝でも電線でも透明な氷で蔽われるために、道路の往来は困難になり電線の被害も多い。蝙蝠傘《こうもりがさ》の上などに落ちて凍った雨滴を見ると、それが傘の面に衝突して八方に砕け散った飛沫がそのままの形に氷になっている。
凍雨と雨氷はほぼ同様な気層の状態に帰因する。すなわち地面に近く著しく寒冷な気層があって、その上に氷点以上の比較的温暖な気層のある場合に起る現象である。凍雨の方は上層で出来た雨滴が下層の寒冷な空気を通過するうちにだ
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