われがお手伝いをして予備実験をやった。なんでも大きなラッパのようなものをこしらえて、それをあの池の水中に沈め、別の所へ、小さなボイラーを沈めたのを鎚《つち》でたたいて、その音を聞くような事をやったように覚えている。第二次の実験は隅田川《すみだがわ》の艇庫前へ持って行ってやったのだが、その時に仲間の一人が、ボイラーをかついで桟橋《さんばし》から水中に墜落する場面もあって、忘れ難い思い出の種になっている。
 墜落では一つの思い出がある。三年生の某々二君と、池の水温分布を測った事がある。池の中島にガルバをすえて、小船でサーモジャンクションを引っぱりあるいては、時々の水温の水平ならびに垂直分布を測った。冬の最中のある日に観測中に某君が誤って水中に落ち、そのために病気を起こした事もあった。水温の分布はあまり珍しい事もなかったが、深い泥《どろ》の中の分布を測ったのは、いくらか珍しいほうかもしれない。
 この観測に使った小船は、今は理学部の北玄関の壁に立てかけて乾燥状態にある。もとは大きな盥《たらい》を浮かべて船の代わりにしたものであるが、いろいろの観測に必要だというので、水産講習所へ頼んで造ってもらったものである。池につないでおくと、たぶん職人か土方だろうが、よくいたずらをして困るので、ああして引き上げておくのである。ナンキン錠をいくらつけ換えても、すぐ打ちこわされるので、根気負けがしたのである。無論土方か職人のしわざに相違ない。
 池の周囲の磁力測量、もっとも伏角だけではあるが、数年来つづけてやって来て、材料はかなりたまっている。地形によって説明されるような偏差がかなり著しく出ていておもしろいから、いつかまとめておきたいと思いながらそのままになっている。池の断面の形をした鉄板の片を電磁石の間において、それに鉄くずを振りかけて、その磁力線の分布を、実地と比較した学生もあった。
 池の氷が張りつめた上に、雪が積もると、その表面におもしろい紋のような模様ができる。これはドイツで 〔Dampflo:cher〕 と称するものだそうで、この成因はあまり明らかでないらしい。田中阿歌麿《たなかあかまろ》氏著、「諏訪湖《すわこ》の研究」上編七一六ページにこれに関する記事と、写真がある。数年前の「ローマ字世界」にも田丸《たまる》先生が、この池のものについておかきになったのが出ている。先生がたのお手伝いをして、例の小船で調べて回ったこともあったが、とにかくおもしろい現象である。
 先年水温を測る時の目じるしに、池の中のところどころに立てておいた竹ざおが雪の薄くつもった氷の上に頭を出している場合に、さおの北側へ妙な扇形の模様ができる事があった。これもおもしろいものである。これに関してはかつて気象集誌に簡単な記事を載せておいた。
 池の水の振動、いわゆるセイシについては、本多《ほんだ》さんたちの調べた結果が、大学紀要の二十八巻の五に出ている。ブリキで作った小さな模型もあったはずである。この池の水の運動についてもまだ調べれば調べる事がいくらでも残っている。池の測深もその時やった結果が紀要に出ている。案外深い池である。
 自分の知っているだけの文献を数えてみても、これだけあるのだから、私などの知らない他の方面の学科に関するものをあげたら、ずいぶんな分量になるかもしれない。これから後にもまだどれだけの可能性があるかわからない。
 こんな事を考えてみると、あの池は、いつまでもつぶしてしまいたくない。大学の地面が足りなくなって、あらゆる庭園や木立ちがつぶされる時が来ても、あの池は保存しておいてもらいたい。景色や風致がどうであるというのではなくて、何かしら学術上の研究資料の供給所として、あるいは一つの実験用|水槽《すいそう》として保存してほしいのである。
 ついでながら、あの池の成り立ちについても問題がある。ある人の話では、元来あすこに泉があったのを、前田家《まえだけ》の先祖が掘り下げて、今の形にしたのだそうである。そう言えば池の西北隅《せいほくぐう》から水がわいているらしい。そのへんだけ底に泥《どろ》がなくて、砂利《じゃり》が露出している事は、さおでつついてみるとわかる。あの池から、一つの狭い谷が北のほうへ延びて、今の動物地質教室の下から弥生町《やよいちょう》の門のほうへ続いていた事が、土工の際に明らかになったそうである。この池の地学的の意味についても、構内のボーリングの結果などを総合して考えてみたら、あるいは何事かわかりはしまいか。こんな空想を描いてみる事もできる。

 文科の某教授がとった、池を中心とした写真が、何枚か今のバラック御殿の※[#「木+眉」、第3水準1−85−86]間《びかん》にかかっている。今ではもう歴史的のものになってしまった。私はいつか、大学百景とい
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