見た地震の概念は自ずからこれと異なったものでなければならない。
 もし現在の物質科学が発達の極に達して、あらゆる分派の間の完全な融合が成立する日があるとすれば、その時には地震というものの科学的な概念は一つ、而《しか》してただ一つの定まったものでなければならないはずだと思われる。しかし現在のように科学というものの中に、互いに連絡のよくとれていない各分科が併立して、各自の窮屈な狭い見地から覗《うかが》い得る範囲だけについていわゆる専門を称《とな》えている間は、一つの現象の概念が科学的にも雑多であり、時としては互いに矛盾する事さえあるのは当然である。
 地震を研究するには種々の方面がある。先ず第一には純統計的の研究方面がある。この方面の研究者にとっては一つ一つの地震は単に一つ一つの算盤玉《そろばんだま》のようなものである、たとえ場合によっては地震の強度を分類する事はあっても、結局は赤玉と黒玉とを区別するようなものである。第二には地震計測の方面がある。この方面の専攻者にとっては、地震というものはただ地盤の複雑な運動である。これをなるべく[#「なるべく」に傍点]忠実に正確に記録すべき器械の考案や
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