な官衙《かんが》や公共設備のビルディングを地上百尺の代わりに地下百尺あるいは二百尺に築造し、地上は全部公園と安息所にしてしまう。これならば大地震があっても大丈夫であり、敵軍の空襲を受けても平気でいられるようにすることができるからである。この私の夢のような案は当時だれもまじめには聞いてくれなかった。
 しかし現に丸《まる》の内《うち》の元警視庁跡に建築されることになっている第一相互の新館は地下六十尺に基礎をすえ、地下室が四階になるはずだそうで、いわば私の夢の一端がすでに実現されかけたように見える。もしも丸の内の他の建物もだんだんに地底の第三紀層の堅固な基礎の上に樹立される日が来れば、自然に建物と建物の各層相互の交通のために地下道路が縦横に貫通するようになるかもしれない。そうなれば丸の内の地図はもはや一枚では足りなくなって地下各層の交通を示す立体図が必要になる勘定である。
 九月一日は帝都の防空演習で丸の内などは仮想敵軍の空襲の焦点となったことと思われる。演習だからよいようなものの、これがほんとうであったらなかなかの難儀である。しかし、もしも丸の内全部が地下百尺の七層街になっていたとしたら
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