カラフトでは約二十一方里ぐらいに当たる。
 この一枚の地形図を作るための実地作業におよそどれだけの手数がかかるかと聞いてみると、地形の種類によりまた作業者の能力によりいろいろではあるがざっと三百日から四百日はかかる。それに要する作業費が二三千円であるが、地形図の基礎になる三角測量の経費をも入れて勘定すると、一枚分約一万円ぐらいを使わなければならない、そのほかにまだ計算、整理、製図、製版等の作業費を費やすことはもちろんである。
 それだけの手数のかかったものがわずかにコーヒー一杯の代価で買えるのである。
 もっとも物の価値は使う人次第でどうにもなる。地図を読む事を知らない人にはせっかくのこの地形図も反古《ほご》同様でなければ何かの包み紙になるくらいである。読めぬ人にはアッシリア文は飛白《かすり》の模様と同じであり、サンスクリット文は牧場の垣根《かきね》と別に変わったことはないのと一般である。しかし「地図の言葉」に習熟した人にとっては、一枚の図葉は実にありとあらゆる有用な知識の宝庫であり、もっとも忠実な助言者であり相談相手である。
 今、かりに地形図の中の任意の一寸角をとって、その中に盛り
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