、また敵にねらわれそうなあらゆる公共設備や工場地帯が全部地下に安置されており、その上に各区の諸所に適当な広さの地下街が配置されていたとしたら、敵の空軍はさぞや張り合いのないことであろうし、市民の大部分は心を安んじてその職につき枕《まくら》を高くして眠ることができるであろうと思われる。もしそうなれば、東京の地図が一枚で足りないというめんどうぐらいは我慢してもだれも小言はいわないであろう。
これは今のところでは一場の夢物語のようであるが、実はこの夢の国への第一歩はすでに踏み出されている。そうして昨今国民の耳を驚かす非常時非常時の呼び声はいっそうこの方向への進出を促すように見える。
東京市全部の地図が美しい大公園になってそこに運動場や休息所がほどよく配置され、地下百尺二百尺の各層には整然たる街路が発達し、人工日光の照明によって生育された街路樹で飾られている光景を想像することもそれほど困難ではないように思われるのである。
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(付記) 陸地測量部の作業に関する項は知友技師|梅本豊吉《うめもととよきち》氏の談話によったが、もし誤記があったらそれは筆者の聞き違えである。
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[#地から3字上げ](昭和九年十月、東京朝日新聞)
底本:「寺田寅彦随筆集 第五巻」小宮豊隆編、岩波文庫、岩波書店
1948(昭和23)年11月20日第1刷発行
1963(昭和38)年6月16日第20刷改版発行
1993(平成5)年10月15日第61刷発行
入力:田辺浩昭
校正:かとうかおり
2003年5月18日作成
青空文庫作成ファイル:
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