《そし》ったりしているが、大正の現在でも同じような事を云っている人が多いから面白い。
 朝顔の色を見て、それから金山から出る緑砂紺砂の色、銅板の表面の色などの事を綜合して「誠に青色は日輪の空気なる(?)色なるを知る」などと帰納を試みたりしているのもちょっと面白かった。
 新しもの好き、珍しいもの好きで、そしてそれを得るためには、昔の不便な時代に遥々《はるばる》長崎まで行くだけの熱心があったから、今の世に生れたら、あるいは相当な科学者になったかもしれない。そして結局何かしら不祥な問題でも起してやはり汚名を後生に残したかもしれない。
 こういう点でどこかスパランツァニに似ている。優れた自由な頭脳と強烈な盲目の功名心の結合した場合に起りやすい現象であると思う。
 この随筆中に仏書の悪口をいうた条がある。釈迦が譬喩《ひゆ》に云った事を出家が真に受けているのが可笑《おか》しいというのである。そして経文を引用してある中に、海水の鹹苦《かんく》な理由を説明する阿含経《あごんぎょう》の文句が挙げてある。ところがその説明が現在の科学の与えている海水塩分起原説とある度までよく一致しているから面白い。
 また河水が流れ込んでも海が溢れない訳を説明する華厳経《けごんぎょう》の文句がある。大海有四熾燃光明大宝。其性極熱。常能飲縮。百川所流無量大水。故大海無有増減。とある。大洋特に赤道下の大洋における蒸発作用の旺盛な有様を「詩」で云い現わしたと思えば、うまい云い方である。
[#地から1字上げ](昭和二年一月『明星』)



底本:「寺田寅彦全集 第三巻」岩波書店
   1997(平成9)年2月5日発行
入力:Nana ohbe
校正:noriko saito
2004年8月13日作成
青空文庫作成ファイル:
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