帝展を見ざるの記
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)清冽《せいれつ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)上野|竹《たけ》の台《だい》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「口+齒」、第3水準1−15−26]
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 夏休みが終って残暑の幾日かが続いた後、一日二日強い雨でも降って、そしてからりと晴れたような朝、清冽《せいれつ》な空気が鼻腔《びこう》から頭へ滲み入ると同時に「秋」の心像が一度に意識の地平線上に湧き上がる。その地平線の一方には上野|竹《たけ》の台《だい》のあの見窄《みすぼ》らしい展覧会場もぼんやり浮き上がっているのに気が付く。それが食堂でY博士の顔を見ると同時に非常にはっきりしたものになってすぐ眼の前にせり出して来るのである。いよいよ招待日が来るとY博士の家族と同格になって観覧に出かける。これが近年の年中行事の一つになっていた。
 ところが今年は病気をして外出が出来なくなった。二科会や院展も噂を聞くばかりで満
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