代りにしてあった、それをそのまま後に土で埋めて道路面を上げたのであるが、砂利が周囲の湿気を吸収するために、その上に当るところだけ余計に乾燥して白く見えるとの事であった。しかし、どうしてそれが月夜の晩によく見えるかは誰も説明する人はなかった。それはとにかく、寒月に照らし出されたこの「飛石の幽霊」には何となく神秘的な凄味が感ぜられた。埋められた過去が月の光に浮かされて浮び上がっているのだというような気がしたのかもしれない。
 そういう晩には綿入羽織《わたいればおり》をすっぽり頭からかぶって、その下から口笛と共に白い蒸気を吹出しながら、なるべく脇目をしないようにして家路を急いだものである。そういう時にまたよく程近い刑務所の構内でどことなく夜警の拍子木を打つ音が響いていた。そうして河向いの高い塀の曲り角のところの内側に塔のような絞首台の建物の屋根が少し見えて、その上には巨杉に蔽われた城山の真暗なシルエットが銀砂を散らした星空に高く聳えていたのである。
[#地から1字上げ](昭和九年十二月『短歌研究』)



底本:「寺田寅彦全集 第一巻」岩波書店
   1996(平成8)年12月5日発行
※底
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