全然別種のものである。そうしてそれが成立したとしても、それが現在物理学の存在を否定する事にはなり得ないと思う。そして最後に二者の優劣を批判するものがあれば、それは科学以外の世界に求めなければならない。

       六

 自然の森羅万象《しんらばんしょう》がただ四個の座標の幾何学にせんじつめられるという事はあまりに堪え難いさびしさであると嘆じる詩人があるかもしれない。しかしこれは明らかに誤解である。相対性理論がどこまで徹底しても、やっぱり花は笑い、鳥は歌う事をやめない。もしこの人と同じように考えるならば、ただ一人の全能の神が宇宙を支配しているという考えもいかにさびしく荒涼なものであろう。
 今のところ私は、すべての世人が科学系統の真美を理解して、そこに人生究極の帰趣を認めなければならないのだと信ずるほどに徹底した科学者になり得ない不幸な懐疑者である。それで時には人並みに花を見て喜び月に対しては歌う。しかしそうしている間にどうかすると突然な不安を感じる。それは花や月その他いっさいの具象世界のあまりに取り止めどころのないたよりなさである。どこをつかまえるようもない泡沫《ほうまつ》の海におぼれんとする時に私の手に触れるものが理学の論理的系統である。絶対的安住の世界が得られないまでも、せめて相対的の確かさを科学の世界に求めたい。
 こういう意味で私は、同じような不安と要求をもっている多くの人に、理学の系統の中でもことにアインシュタインの理論のごときすぐれたものの研究をすすめたい。多くの人は一見乾燥なように見える抽象的系統の中に花鳥風月の美しさとは、少し種類のちがった、もう少し歯ごたえのある美しさを、把握《はあく》しないまでも少なくも瞥見《べっけん》する事ができるだろうと思う。
[#地から3字上げ](大正十一年十二月、改造)



底本:「寺田寅彦随筆集 第二巻」小宮豊隆編、岩波文庫、岩波書店
   1947(昭和22)年9月10日第1刷発行
   1964(昭和39)年1月16日第22刷改版発行
   1997(平成9)年5月6日第70刷発行
※底本の誤記等を確認するにあたり、「寺田寅彦全集」(岩波書店)を参照しました。
入力:(株)モモ
校正:かとうかおり
2000年10月3日公開
2003年10月30日修正
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