で、空は真黒に見えなければならない。それで昔の学者はこれを空中の水滴やまた普通の塵埃のためと考えたそうだが、今日では別にそういうものを考えずとも、空気のガス分子そのものの作用として充分に説明される事になった。
 こういう光を散らす微粒はその散らす光の振動方向に片寄りを生ずる、いわゆる偏光を生じる。それで空の光を適当な偏光器で検査すれば、空の部分によって偏光の度や偏光面の方向が規則正しく分布されている事が分る。この偏光の度や配置を種々の天候の時に観測して見ると、それが空気の溷濁《こんだく》を起すようないわゆる塵埃の多少によって系統的に変化する事が分る。
 この偏光の研究を更につきつめて行って、この頃では塵のない純粋なガスによって散らされる光を精細に検査し、その結果からガス分子自身の形に関するある手掛りを得ようとしている学者もあるようである。
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 附記。空中の塵埃に関して述ぶべき物理的の事項はなお多数にある。例えば塵埃に光波が当った時に、光電効果のような作用電子が放散され、それが高層空気の電離を起す事、それが無線電信の伝播《でんぱ》に重大な関係を持ち得る事、あるいは塵が空中の渦動《かどう》によって運搬されるメカニズムやその他色々の問題が残っている。限られた紙数では述べ尽されないからここには略することにした。
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[#地から1字上げ](大正十一年五月『科学知識』)



底本:「寺田寅彦全集 第六巻」岩波書店
   1997(平成9)年5月6日発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 文学篇」岩波書店
   1985(昭和60)年
初出:「科学知識」
   1936(大正11)年5月1日
入力:Nana ohbe
校正:松永正敏
2006年10月16日作成
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