人と奥州人がある。ロマンチシズムとクラシシズムの両極の間に世界が回転する。

   五

「物理学はエキザクトサイエンスである。」この言葉ほどひどく誤解されてそしてそのおかげでエキザクトな物理学の進歩を阻害している言葉はない。
「量的に」この言葉も同様である。

   六

「中等教科書に現われた物理ほど非物理的な物理はない」こんなパラドクシカルな事もある意味では言えない事はない。なんとならば、ほんとうはよくわからない事がちゃんとわかっているかのように読まれうるから。同じような理由からこんな事も言われる。「良い書物ほど悪い書物である。」

   七

 A is B, A is not B. この二つの命題は両立しうる。なんとなればそれぞれの終わりに if C is D, if C is E. という文句が抜けているのが普通である。われわれはこの事を忘れて果てのない議論に時間を空費している。

   八

「唐土にても墨張とて学問にあまり精を入れしゆえにつりし蚊帳《かや》が油煙にてまっ黒になりしという故事に引きくらべて文盲儒者の不性《ぶしょう》に身持ちをして人に誇るものあり。いかに学問するとても顔や手を洗うひまのなき事やはある。」(柳里恭《りゅうりきょう》「ひとりね」)
 少し耳がいたい。
[#地から2字上げ](昭和二年十二月、理学部会誌)



底本:「寺田寅彦全集 第四巻」岩波書店
   1961(昭和36)年1月7日第1刷発行
初出:「理学部会誌」
   1927(昭和2)年12月
入力:Cyobirin
校正:浅原庸子
2005年9月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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