など、『胸算用』には日蝕で暦を験《ため》すこと、油の凍結を防ぐ法など、『桜陰比事』には地下水脈験出法、血液検査に関する記事、脈搏で罪人を検出する法、烏賊墨《いかずみ》の証文、橙汁《だいだいじる》のあぶり出しなどがある。
 詐欺師や香具師《やし》の品玉やテクニックには『永代蔵』に狼《おおかみ》の黒焼や閻魔鳥《えんまちょう》や便覧坊《べらぼう》があり、対馬《つしま》行の煙草の話では不正な輸出商の奸策《かんさく》を喝破しているなど現代と比べてもなかなか面白い。『胸算用』には「仕かけ山伏」が「祈り最中に御幣《ごへい》ゆるぎ出《いで》、ともし火かすかになりて消」ゆる手品の種明かし、樹皮下に肉桂《にっけい》を注射して立木を枯らす法などもある。
 こういう種類の資料は勿論馬琴にもあり近松でさえ無くはないであろうが、ただこれが西鶴の中では如何にもリアルな実感をもって生きて働いている。これは著者が特にそうした知識に深い興味をもっていたためではないかと思われる。
 西鶴がこういうテクニカルな方面における「独創」を尊重したのみならず、それをもって致富の要訣と考えていたことも彼の著書の到る処に窺《うかが》われる。例えば『永代蔵』の中では前記の紅染法の発明があり、「工夫のふかき男」が種々の改良農具「こまざらへ」「後家倒し」「打綿の唐品」などを製出した話、蓮の葉で味噌を包む新案、「行水舟」「刻昆布《きざみこんぶ》」「ちやんぬりの油土器《あぶらがわらけ》」「しぼみ形の莨入《たばこいれ》、外《ほか》の人のせぬ事」で三万両を儲けた話には「いかにはんじやうの所なればとて常のはたらきにて長者には成がたし」などと云っている。どんな行きつまった世の中でもオリジナルなアイディアさえあればいくらでも金儲けの道はあるというのが現代のヤンキー商人のモットーであるが、この事を元禄の昔に西鶴が道破しているのである。木綿をきり売りの手拭を下谷《したや》の天神で売出した男の話は神宮外苑のパン、サイダー売りを想わせ、『諸国咄』の終りにある、江戸中の町を歩いて落ちた金や金物を拾い集めた男の話は、近年隅田川口の泥ざらえで儲けた人の話を想い出させて面白い。これの高じたものが沈没船引上げの魂胆となるのである。
 大して金儲けには関係はないが、『織留』の中にある猫の蚤取《のみとり》法や、咽喉《のど》にささった釣針を外ずす法なども独創的
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