れには、愚にもつかない空虚な考えをいかめしい数式で武装したようなのもある、そのわけが読めるような気がした。
 しかしなんといっても、あらゆる言語のうちで、数学の言語のように、一度つかまえた糸口をどこまでもどこまでも離さないで思考の筋道を続けうる言語はない。普通の言語はある所までは続いていても、犬に追われたうさぎの足跡のように、時々連絡が怪しくなる。思うにこれは普通の言語の発達がいまだ幼稚なせいかもしれない。ギリシア哲学盛期の言語に比べて二十世紀の思想界の言語はこういう意味では、ほんの少ししか進歩していないかもしれない。しかし現在よりもっと進歩し得ないという理由は考えられない。人間の思考の運びを数学の計算の運びのように間違いなくしうるようにできるものかどうかはわかりかねる。しかし、少なくともそれに近づくようにわれわれの言語、というかあるいはむしろ思考の方式を発育させる事はできるかもしれない。もっともそうなるほうがいいか、ならないほうがいいか、これはまたもちろん別問題である。
 私が「数学と語学」という題でこの原稿を書き始めた時は、こういうむつかしい問題にかかり合う考えはなかった。ただ語学が好きで数学のきらいな学生諸君と、数学が好きで語学がきらいな学生諸君とに、その好きなものときらいなものとに存外共通な要素のある事を思いださせ、その好きなものに対する方法を利用してそのきらいなものを征服する道程を暗示したいと考えたまでであった。それがやはりうさぎの足跡的に意外な方面を飛び歩いて結局こんなものが書き上がってしまった。これはやはり人間、というよりむしろ私の言語の不完全のせいだとして読者の寛容を祈る事とする。



底本:「日本の名随筆89 数」安野光雅編、作品社
   1990(平成2)年3月25日第1刷発行
※底本の誤記等を確認するにあたり、「寺田寅彦全集」(岩波書店)を参照しました。
入力:富田倫生
校正:かとうかおり
2000年10月3日公開
2003年10月30日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全4ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング