中の「嵐」という小品の中に、港内に碇泊《ていはく》している船の帆柱に青い火が灯《とも》っているという意味のことを書いてあるのに対して、船舶の燈火に関する取締規則を詳しく調べた結果、本文のごとき場合は有り得ないという結論に達したから訂正したらいいだろうと云ってよこした人があった。しかしそれは訂正しないでそのままにしておいた。この小品は気分本位の夢幻的なものであって、必ずしも現行の法令に準拠しなければならない種類のものでもないし、少なくも自分の主観の写生帳にはちゃんと青い燈火が檣頭《しょうとう》にかかったように描かれているから仕方がないと思ったのである。
去年の暮には、東京の某病院の医員だという読者から次のような抗議が来た。
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「(前略)然《しか》る処《ところ》続冬彦集六八頁第二行に、『速度の速い[#「速い」に白丸傍点]云々(速度の大きい[#「大きい」に白丸傍点]に非ず)』と有之《これあ》り之《これ》は素人なら知らぬ事物理学者として云ふべからざる過誤と存じ候、次の版に於ては必ず御訂正あり度《た》し 失礼を顧みず申上ぐる次第に御座候 敬具」
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