細な心理が素朴《そぼく》な態度でうがたれていたりするのをおもしろいと思った。それから一つの特徴としては、王の軍中に随行して、時々の戦《いくさ》の模様や王の事蹟《じせき》を即興的に歌った詩人(Scalds)の歌がところどころにはさまれている事である。それがために物語はいっそう古雅な詩的な興趣を帯びている。
 日本に武士道があるように、北欧の乱世にはやはりそれなりの武士道があった。名誉や信仰の前に生命を塵埃《じんあい》のように軽んじたのはどこでも同じであったと見える。女にも烈婦があった。そしてどことなくイブセンの描いたのに似たような強い女も出て来た。さすがにワルキリーの国だと思われたりした。
 オラーフ・トリーグヴェスソンが武運つたなく最後を遂げる船戦《ふないくさ》の条は、なんとなく屋島《やしま》や壇《だん》の浦《うら》の戦《いくさ》に似通っていた。王の御座船「長蛇《ちょうだ》」のまわりには敵の小船が蝗《いなご》のごとく群がって、投げ槍《やり》や矢が飛びちがい、青い刃がひらめいた。盾《たて》に鳴る鋼《はがね》の音は叫喊《きょうかん》の声に和して、傷ついた人は底知れぬ海に落ちて行った。……王
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