ミリエーション》の念に襲われるのが常であった。
 こういう「笑い」の癖は中学時代になってもなかなか直らなかった。そしてそれがしばしば自分を苦しめ恥ずかしめた。おごそかな神祭の席にすわっている時、まじめな音楽の演奏を聞いている時、長上の訓諭を聴聞《ちょうもん》する時など、すべて改まってまじめな心持ちになってからだをちゃんと緊張しようとする時にきっとこれに襲われ悩まされたのである。床屋で顔に剃刀《かみそり》をあてられる時もこれと似た場合で、この場合には危険の感じが笑いを誘発した。
 年を取るに従って多少自分の内部の心理現象を内察する事を覚えてからはこの特殊な笑いの分析的の解説を求めようとした事は幾度あったかわからない。しかしそれは自分などの力にはとても合わないむつかしい問題であった。結局自分の神経の働き方にどこか異常な欠陥があるのであろうという、はなはだ不愉快な心細い結論に達するのが常であった。
 いったい私にとっては笑うべき事[#「笑うべき事」に傍点]と笑う事[#「笑う事」に傍点]とはどうもうまく一致しなかった。たとえば村の名物になっている痴呆《ちほう》の男が往来でいろいろのおかしい芸当や身ぶりをするのを見ていても、少しも笑いたくならなかった。むしろ不快な悲しいような心持ちがした。酒宴の席などでいろいろ滑稽《こっけい》な隠し芸などをやって笑い興じているのを見ると、むしろ恐ろしいような物すごいような気がするばかりで、とてもいっしょになって笑う気になれなかった。もっともこれは単にペシミストの傾向と言ってしまえば、別に問題にはならないかもしれないが。
 そうかと思うと、たとえばはげしい颶風《ぐふう》があれている最中に、雨戸を少しあけて、物恐ろしい空いっぱいに樹幹の揺れ動き枝葉のちぎれ飛ぶ光景を見ている時、突然に笑いが込みあげて来る。そしてあらしの物音の中に流れ込む自分の笑声をきわめて自然なもののように感ずるのであった。
 あるいは門前の川が汎濫《はんらん》して道路を浸している時に、ひざまでも没する水の中をわたり歩いていると、水の冷たさが腿《もも》から腹にしみ渡って来る、そうしてからだじゅうがぞくぞくして来ると同時にまた例の笑いが突発する。
 いずれの場合にも、普通いかなる意味においても決して笑うべき理由は見つからないが、それにもかかわらず笑いの現象が現われ来るのをいかんとも
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