ころ」はこれまでの風景に比べて黄赤色が減じて白と黒とに分化している事に気がつく。これは白日の感じを出しているものと思われる。果物《くだもの》やばらのバックは新しいと思う。「初夏」の人物は昨年のより柔らかみが付け加わっている。私は「苺《いちご》」の静物の平淡な味を好む。少しのあぶなげもない。
横井礼市《よこいれいいち》。 この人の絵はうるさいところがなくてよい。涼しい感じがある。この人の絵の態度は行きつまらない。どこまでも延びうると思う。
湯浅一郎《ゆあさいちろう》。 巧拙にかかわらず一人の個人の歌集がおもしろいように個人画家の一代の作品の展覧はいろいろの意味で真味が深い。湯浅氏の回顧陳列もある意味で日本洋画界の歴史の側面を示すものである。これを見ると白馬会《はくばかい》時代からの洋画界のおさらえができるような気がする。ただこの人の昔の絵と今の絵との間にある大きな谷にどういう橋がかかっているかが私にはわからない。
新しい人にもおもしろい絵があったが人と画題を忘却した。なんと言っても私には津田、安井二氏の絵を見るのが毎年の秋の楽しみの一つである。
美術院
近ごろの展覧会の日本画にはほとんど興味をなくしてしまった。すべてがただ紙の表面へたんねんに墨と絵の具をすりつけ盛り上げたものとしか感じられない。先日の朝日新聞社の大展覧会でみた雅邦《がほう》でもコケオドシとしか見えなかった。春挙《しゅんきょ》でも子供だましとしか思わなかった。そんな目で展覧会を見て評をするのは気の毒のような気もする。
近藤浩一路《こんどうこういちろう》の四五点はおもしろいと思って見た。しかし用紙を一ぺんしわくちゃにして延ばしておいてかいたらしいあの技術にどれだけ眩惑《げんわく》された結果であるかまだよくわからない。ともかくもこの人の絵にはいつもあたまが働いているだけは確かである。頭のない空疎な絵ばかりの中ではどうしても目に立つ。
川端竜子《かわばたりゅうし》の絵もある意味であたまは働いているが、いつも少し見当のちがったほうへ働いていはしないか。人に見せる絵と思わないで、自分で一人でしんみり楽しめるような絵をかくつもりでそのほうに頭を使ったら、ずっといい仕事のできる人だろうにと思う。
横山大観《よこやまたいかん》の※[#「瀟−くさかんむり」、第4水準2−79−21]湘八景《しょうしょうはっけい》はどうも魂が抜けている。塗り盆に白い砂でこしらえる盆景の感じそのままである。全部がこしらえものである。金粉を振ったのは大きな失敗でこれも展覧会意識の生み出した悪い企図である。
速水御舟《はやみぎょしゅう》の「家」の絵は見つけどころに共鳴する。しかしこれはむしろやはり油絵の題材でないか。とにかくこの人の絵はまじめであるがことしのは失敗だと思う。
富田渓仙《とみたけいせん》の巻物にはいいところがあるが少し奇を弄《ろう》したところと色彩の子供らしさとが目についた。
あれだけおおぜいの専門的な研究家が集まってよくもあれほどまでに無意味な反古紙《ほごがみ》のようなものをこしらえ上げうるものだという気がする。
これに反して二科会では、まだあまり名の知られてないようなたぶん若い人たちでも、中には西洋人のまねをしている人はあるとしても――ともかくも何かしら魂のはいった絵をかく人が多い。一つは材料の差異によるにしても。
最後に一個の希望として、来年あたりから二科会で日本画も募集する事にしたらおもしろいだろうと思う。ただし従来いわゆる日本画の教養を受けた人は出品の資格がないという事にして――これはコントロールがむつかしいかもしれないが――そうして新しい日本画を募集してみたらどうであろう。その結果はおそらく沈滞した日本画界に画時代的の影響を及ぼすようなものになりはしないか。そうなったら自分も一つやってみようかなどとこのようなたわいもない夢のような事を思うのもやはり美術シーズンの空気に酔わされた影響かもしれない。
勝手なことを書いて礼を失したところが多いと思う。しかし私の悪口は絵に対しての悪口である。名前をあげた限りの「人」に対しては好意と敬愛のほか何物も持っていない事をこの機会に明らかにしておきたい。悪言多罪。[#地から2字上げ](昭和二年十一月、霊山美術)
底本:「寺田寅彦全集 第四巻」岩波書店
1961(昭和36)年1月7日第1刷発行
初出:「霊山美術」
1927(昭和2)年11月
入力:Cyobirin
校正:浅原庸子
2005年9月21日作成
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