がただの黒灰色でなくて、その上にかなり顕著なたとえば煉瓦《れんが》の色のような赤褐色《せきかっしょく》を帯びていることであった。
高く上がるにつれて頂上の部分のコーリフラワー形の粒立った凹凸が減じて行くのは、上昇速度の減少につれて擾乱渦動の衰えることを示すと思われた。同時に煙の色が白っぽくなって形も普通の積乱雲の頂部に似て来た、そうしてたとえば椎蕈《しいたけ》の笠《かさ》を何枚か積み重ねたような格好をしていて、その笠の縁が特に白く、その裏のまくれ込んだ内側が暗灰色にくま取られている。これは明らかに噴煙の頭に大きな渦環《ヴォーテックスリング》が重畳していることを示すと思われた。
仰角から推算して高さ七八キロメートルまでのぼったと思われるころから頂部の煙が東南になびいて、ちょうど自分たちの頭上の方向に流れて来た。
ホテルの帳場で勘定をすませて玄関へ出て見たら灰が降り初めていた。爆発から約十五分ぐらいたったころであったと思う。ふもとのほうから迎いに来た自動車の前面のガラス窓に降灰がまばらな絣模様《かすりもよう》を描いていた。
山をおりる途中で出会った土方らの中には目にはいった灰を片手でこすりながら歩いているのもあった。荷車を引いた馬が異常に低く首をたれて歩いているように見えた。避暑客の往来も全く絶えているようであった。
星野温泉《ほしのおんせん》へ着いて見ると地面はもう相当色が変わるくらい灰が降り積もっている。草原の上に干してあった合羽《かっぱ》の上には約一ミリか二ミリの厚さに積もっていた。
庭の檜葉《ひば》の手入れをしていた植木屋たちはしかし平気で何事も起こっていないような顔をして仕事を続けていた。
池の水がいつもとちがって白っぽく濁っている、その表面に小雨でも降っているかのように細かい波紋が現滅していた。
こんな微量な降灰で空も別に暗いというほどでもないのであるが、しかしいつもの雨ではなくて灰が降っているのだという意識が、周囲の見慣れた景色を一種不思議な淒涼《せいりょう》の雰囲気《ふんいき》で色どるように思われた。宿屋も別荘もしんとして静まり返っているような気がした。
八時半ごろ、すなわち爆発から約一時間後にはもう降灰は完全にやんでいた。九時ごろに出て空を仰いで見たら黒い噴煙の流れはもう見られないで、そのかわりに青白い煙草《たばこ》の薄けむりのような
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