がいくらかはあると見える。新聞ばかり見ていると東京も日本も骨髄まで腐れているかと思うこともあるが、そうでもないと思われるたしかな証拠もなくはない。世の中が真暗くなったような錯覚を起こさせるのがジャーナリズムの狙い所ではあろうが、考えてみるとどこの世界にでも与太者のユーモレスクのない世界はないであろう。そんなものにばかり気を取られていると自分の飯に蠅《はえ》がたかる。こんな新聞記事をよむ暇があったら念仏でもするかエスキモー語の文法でも勉強した方がいい。
火鉢のそばに寝ていた猫が起きあがって一度垂直に伸び上がってぶるぶると身振いをする。それから前脚を一本ずつずっと前へ伸ばして頭を低く仰向《あおむ》いて大きな欠伸をして、尻尾《しっぽ》をSの字に曲げてから全身を前脚の方へ移動しのめらせてそうして後脚を後方へのばした。これからそろそろ庭へ出て睡蓮の池の水をのんで、そうして彼の仕事の町内めぐりにとりかかるのであろう。自分はこれから寝て、明日はまた、次に来る来年の「試験」の準備の道程に覚束《おぼつか》ない分厘《ふんりん》の歩みを進めるのである。[#地から1字上げ](昭和九年一月『中央公論』)
底本:「寺田寅彦全集 第四巻」岩波書店
1997(平成9)年3月5日発行
初出:「中央公論」
1934(昭和9)年1月
入力:Nana ohbe
校正:砂場清隆
2006年3月22日作成
青空文庫作成ファイル:
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