ように思われるのである。
三 三上戸
あるビルディングの二階にある某日本食堂へ昼飯を食いに上がった。デパートの休日でない日はそれほど込み合っていない。
室内を縦断する通路の自分とは反対側の食卓に若い会社員らしいのが三人、注文したうなぎどんぶりのできるのを待つ間の談笑をしている。もっぱら談話をリードしているその中の一人が何か二言三言言ったと思うと他の二人が声をそろえて爆笑する、それに誘われて話し手自身も愉快そうに大きく笑っている。三四秒ぐらいの週期で三声ぐらい繰り返して笑うと黙ってしまう。また二言三言何か言ったと思うと再び同じような爆笑が起こってそれが三声つづく。また何かいう。また笑う。
そういうかなり規則正しい爆笑の週期的発作が十秒ないし二十秒ぐらいの間隔をおいて実に根気よく繰り返されていた。
何を話しているか何がおかしいかわからない傍観者の自分には、この問題的な爆笑が全く機械的な現象のように思われて来た。何かわりに簡単なゼンマイ仕掛けのメカニズムで、これと同じような動作をする三人組のロボットを造ろうと思えばいつでも造れそうな気がした。
この三人の話していることは何であったにせよ、それと全く同じことを同じ三人がいついかなる場所で話し合ってもこの場合と同じように笑えるかどうか。どうもそうとは限らないであろうと思われた。この場合にこの人たちをこんなにたわいなく笑わせているのは談話の内容よりもむしろこれらの人の内的外的な環境条件ではないかという気がした。
午前中忙しく働く。それが正午のベルだか笛だかで解放され向こう一時間の自由を保証されて食堂へかけ込む。腹が相当に減っている。まさに眼前に現われんとするごちそうへの期待が意識の底層に軽く動揺している。こういう瞬間が最もたわいのない軽口とそれに対する爆笑を誘発するに適当なものではないか。とにかく、これも未来の生理学的心理学者の研究題目の一つにはなりそうだと思われた。
そのうちうなぎどんぶりが三人の前に運ばれて食事が始まると同時に今までの間欠的爆笑がぴたりと止まってしまった。食事をしながらも低声で談話は進行していたが、今までとちがって話が急に何か知らないがまじめな軌道へはいり込んだかのように見えた。
食事のあとでりんごか何か食っていたようであったが、とにかく三人のムードが、食前とはすっかり一変して、
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