場所では断る事にした方が、第一その婦人の人柄のためにかえってよくはないかと思われる。
一段高くなっている舞台は正方形であるらしい。四隅の柱をめぐって広い縁側のようなものがある。舞台の奥に奏楽者の席のあるのは能楽の場合も同様であるが、正面に立てた屏風は、あれが方式かもしれないが私の眼にはあまり渾然《こんぜん》とした感じを与えない。むしろ借りて来たような気のするものである。
烏帽子《えぼし》直垂《ひたたれ》とでもいったような服装をした楽人達が色々の楽器をもって出て来て、あぐらをかいて居ならんだ。昔明治音楽界などの演奏会で見覚えのある楽人達の顔を認める事が出来たが、服装があまりにちがっているので不思議な気がするのであった。
始めに管絃の演奏があった。「春鶯囀《しゅんのうでん》」という大曲の一部だという「入破《じゅは》」、次が「胡飲酒《こいんしゅ》」、三番目が朗詠の一つだという「新豊《しんぽう》」、第四が漢の高祖の作だという「武徳楽《ぶとくらく》」であった。
始めての私にはこれらの曲や旋律の和声がみんなほとんど同じもののように聞えた。物に滲み入るような簫《しょう》の音、空へ舞い上がるよ
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