であるので。要太郎を見ると向うの刈田の中をいかにも奇妙な腰付で網の中程を握って走っている。すると精が「居る居る――要太郎があんなに走り出したらきっと鴫が居る」と云う。なるほど要太郎は一心に田の中の一点を凝視《みつ》めてその点のまわりを小股に走りながらまわっている。網の竿をのばしたと思うと急に足を早めて網を投げた。黒いものが立つと思うと網にかかった。バタ/\している。要太郎も走る。精も走る。綺麗な鴫だ。ドレドレと精は急いで受取って足を握って羽をバタ/\さす。「綺麗な鳥よ、綺麗ジャノー。」「遁《にが》しちゃ厭《いや》でございますよ。」「ニガスモンカ。」早く殺さないと肉が落ちると云うので要太郎が鳥の脇腹をつまむと首がぐたりとなった。脆《もろ》いもので。これが手始めでそれからは取るは取るは、少しの間に五羽、外に小胸黒《こむなぐろ》を一羽取った。近頃このくらい面白かった事はない。「今晩鴫の御化けが来るぜ。」「来たら脇腹をつまんでやらあ。」[#地から1字上げ](明治三十四年九月)



底本:「寺田寅彦全集 第一巻」岩波書店
   1996(平成8)年12月5日発行
入力:Nana ohbe
校正:松永正敏
2004年3月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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