がある時間内にある村の上を多く過ぐるか少なく過ぐるかは、時にはその村民にとりてはかなり重大なる場合もあるべし。小区域の驟雨《しゅうう》が某市街を通過するか、その近郊のみを過ぐるかはその市民にとりては無差別にはあらず。しかれどもかくのごとき小規模の現象の予報をなし得るためには、(この予報が可能としても)少なくも測候所の数を現在の数百倍数千倍に増加せざるべからず。
 現在の天気予報はかくのごとき要求を充たすためのものにあらず。各測候所の平均領域の幅員に比して微細なる変化は度外視し、定時観測期間の長さに比して急激なる変化をも省略して近似的等温線あるいは等圧線を引くに過ぎず。例えば土地山川の高低図を作る際に、道路の小凹凸、山腹の小さき崖崩れを省略するに同じ。これを省《はぶ》くとも鉄道運河の大体の設計にはなんらの支障を生ずる事なかるべし。これに反して荷車を挽《ひ》く労働者には道路の小凹凸は無意味にあらず。墓地の選定をなさんとする人には山腹の崖崩れは問題となるべし。
 世人の天気予報に対する誤解と不平は畢竟《ひっきょう》この点に係る。二十万分の一の地図を手にして道路の小凹凸を索《もと》め、物体の温度を知りてその分子各箇の運動を知らんとすると同様なる誤解に起因す。

         四

 次に地震予報の問題に移りて考えん。地震の予報は果して可能なりや。天気予報と同じ意味において可能なりや。
 地震が如何にして起るやは今もなお一つの疑問なれども、ともかくも地殻内部における弾性的平衡が破るる時に起る現象なるがごとし。これが起ると否とを定むべき条件につきては吾人いまだ多くを知らず。すなわち天気の場合における気象要素のごときものがいまだ明らかに分析されず。この点においても既に天気の場合と趣を異にするを見る。
 地殻の歪《ひず》みが漸次蓄積して不安定の状態に達せる時、適当なる第二次原因例えば気圧の変化のごときものが働けば地震を誘発する事は疑いなきもののごとし。故に一方において地殻の歪みを測知し、また一方においては主要なる第二次原因を知悉《ちしつ》するを得れば地震の予報は可能なるらしく思わる。この期待は如何なる程度まで実現され得べきか。
 地下の歪みの程度を測知する事はある程度までは可能なるべく、また主なる第二次原因を知る事も可能なるべし。今仮りにこれらがすべて知られたりと仮定せよ。
 更に事柄を簡単にするため、地殻の弱点はただ一箇所に止まり、地震が起るとせば必ずその点に起るものと仮定せん。且つまた第二次原因の作用は毫《ごう》も履歴効果を有せず、すなわち単に現在の状況のみによりて事柄が定まると仮定せん。かくのごとき理想的の場合においても地震の突発する「時刻」を予報する事はかなり困難なるべし。何となれば、この場合は前に述べし過飽和溶液の晶出のごとく、現象の発生は吾人の測知し得るマクロスコピックの状態よりは、むしろ吾人にとりては偶然なるミクロスコピックの状態に依りて定まると考えらるるが故なり。換言すればマクロスコピックなる原因の微分的変化は結果の有限なる変化を生ずるが故なり。この場合は重量を加えて糸を引き切る場合に類す。しかしともかくも歪みが増すに従って現象の発生を期待する公算の増加するは勿論にて、従って歪みがある程度に達するまでは現象は起らずと安心すべき根拠を与うべし。この場合に当り、時とともに現象の発生に対する期待の増加する状況を示す線が与えられたりとせよ。しかしてこの曲線の傾斜が甚だ緩やかにして十年二十年あるいは人間一代の間に著しき変化を示さぬごときものならば如何なるべきか。この場合には箇々の人間にとりての予報の実用的価値は極めて少なかるべし。
 次に上の仮想的の場合において現象の発生する時期がある程度まで知られたりと仮定せよ。この場合に起る地震の強弱の度を如何ほどまで予知し得べきか。単に糸を引き切る場合ならば簡単なれども、地殻のごとき場合には破壊の起り方には種々の等級あるべし。破壊がただ一回に終らず、数回の段階的変化によるとすれば、これらの推移中に歪みの変化は複雑に起り、場合によりては毎回地震の強度は微弱なる事もあるべく、また時にはその中に強震を生ずる事もあるべし。かくのごとき差別が偶然的局部的の異同に支配さるるとせば、広区域にわたるマクロスコピックの平均状態を知るのみにては信憑《しんぴょう》すべき実用的の予報は不可能に近し。
 上記のごとき地殻の弱点が一箇所に止まらず、多数に分布されいる場合には更に困難なり。この場合には第一にこれらの分布を知り、またすべての弱点に対する歪みの限界値を知り、同時にすべての弱点における歪みの刻々の現状を知るを要す。仮りにこれらが知られたりとするも、多数の弱点が同時に不安定に近づく時、そのいずれが先ず変化を始むべき
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