確実なことはわからないようであるが、自分の観察の結果から判断できる範囲内では、ともかくもこの中央の穴から流れ出しまた流れ帰る水の流路を示すものらしく思われる。そうだとすると、これも上記現象のあるものと同部類に属すると考えられる。これは雪の代わりに他の可溶塩類を使った実験ができる見込みである。
唐紙《からかみ》などに水がついたあとにできる「しみ」が、どうかすると不規則な花形模様に広がることがある。また「もぐさ」を平たく板の上にはりつけておいて、その一点に点火すると、炎を上げない火が徐々に燃え広がる。その燃えて行く前面の形が不規則な花形である。これらの場合にはいずれも通有な一種の原理のようなものがあると思われる。
「理由欠乏の原理」あるいは「無知の原理」からすれば、これらの伝播《でんぱ》の前面は完全なる円形をなすはずであるが、実際の現象を注意して見ていると、円形になるほうがむしろ不思議なようにも思われて来る。たとえばアルコホルの沿面燃焼などはほとんど完全な円形な前面をもって進行するが、こういう場合は自然的変異を打ち消すような好都合の機巧が別に存在参加しているという特別の場合であるとも考えられる。すなわち、前面が凸出《とっしゅつ》する点の速度が減じ、凹入《おうにゅう》した点の速度が増し、かくして自動的に調節が行なわれ、その結果として始めて円形が保たれるものと思われる。これに反して偶然変異がそのままに保存され蓄積し増長する多くの場合には不規則な花形、「ひとで」形等になる。このほうが普通だとも考えられる。そうして、ある週期のものだけが特に助長されるような条件が加われば規則正しい放射像となるというふうに考えられる。こう考えると、不規則な放射形の場合でも、それはいろいろの週期のものがたくさんに合成された結果と見なすことができるし、その多くの「週期のスペクトラ」のエネルギー分布の統計的形式によって、いろいろな不規律放射像の不規則さの様式特性が定まると考えられる、言わば規則正しい像は単線スペクトルに当たり、不規則なのは一種の連続スペクトルあるいは帯状スペクトルに当たるのである。こう考えると、形が不規則だとか、reproducible でないからとか言って不規則な放射像を物理学の圏外に追いやる必要はないであろう。光の場合の不規則は人間の感官認識能力の低度なおかげで「見えない」から平気
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