挙して読者の注意を促すのも決して無益のわざではあるまいと思われるのである。
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(1) 後に述べるリーゼガングの輪でもその他のものでも、その生成は時間的にも週期的であるが、しかしここで statical と言うのは、できあがった最後の形が静的だという意味である。
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 昔、自分らの学生時代に、確率論の講義を聞かされたときに「理由欠乏の原理」と「理由具足の原理」との話があったことを思い出す。この前者によれば、たとえば生長するすべてのものは円か球になるはずである。どの方向に特に延びるという理由が「ない」というよりはむしろ、そういう理由を「知らない」ためである。しかし、自然は人間の知らないいろいろな理由を知っており、持ち合わせているために、世界の万物はことごとく円や球や均質平等であることから救われるのである。二十余年の昔、いろいろこういう種類のことを考えていたころに、何よりもまずわが国に特有で子供の時からなじみの深い「金米糖《こんぺいとう》」というものの形が自分の興味を引いた。どうしてあのように角《つの》ができるか、どうして角の数が統計的に一定になるか、この疑問を年来いだいて今日に至る間に、おりにふれてはこれによく似たいろいろの問題が次第に蓄積して来た。しかし、問題が増すだけで解釈のほうは遺憾ながら、いくらも進まないが、ただ、これら類似の問題の中には、いくらか解釈の見当のつきかけたものもある。それらの問題を系統的に分類でもすればいいわけであるが、まだそこまでの整理ができていないから、ここではただ将来の参考のための備忘録だと思って、以下に思いつくままを無秩序に書き並べるに過ぎない。読者もどうかそのつもりで読んでもらいたい。
 金米糖《こんぺいとう》の場合については理学士|福島浩《ふくしまひろし》君がまだ学生時代の夏休みに理化学研究所へ来ていろいろ実験した結果が発表されている。ある条件のもとには、偶然的にでき始めた凸凹《とつおう》が次第に成長し、その角《つの》の長さと粒の大きさとには一定の関係がある事、その大きさにある上下の限界のある事などがだいぶわかって来たが、角の数を決定する根本原理についてはまだ充分な解釈を下すに至らなかった。しかしこの物の形の基礎には立体的正多面体の基本定型が伏在していて、条件によってその中
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