が、また一方では、平行山脈の生成の説明に適用されたり、また毛色の変わった例としては、生物の細胞組織が最初の空洞球状《くうどうきゅうじょう》の原形からだんだんと皺《しわ》を生じて発達する過程にまでもこの考えを応用しようと試みた人があるくらいである。しかし単なる理論のテストでなく、現象を精察する意味での実地的方面の研究はかえって少ないようであるが、わが国で地球物理の問題に関係して藤原《ふじわら》博士や徳田《とくだ》博士の行なわれたいろいろの実験はこの意味においてきわめて興味の深い有益なものである。それからこれは少し変なものではあるが猫《ねこ》の毛並みにも時として週期性の縞状の疎密を呈することがある。あれもこの皺の問題といくぶん連関しているらしく思われるが詳しいことはわからない。これも一つの問題ではある。
 裂罅、あるいは「われめ」の生成は皺襞と対立さるべきものでやはり一種の不安定によって定まるものであろうが、このほうの研究はまだきわめて進捗《しんちょく》していない。理論的に言えば、破壊の起こる直前までの過程についてはプラスティックな物体の力学からある程度まではこぎつけられるが、ほんとうに破壊が起こり始めたが最後、もう始めの微分方程式も境界条件も全部無効になるから、これらの理論はその後の事がらについては全く一言の権利もなくなってしまう。それで、たとえば理論から出した最大|剪断応力《せんだんおうりょく》の趨向《すうこう》を示す線系が、実物試片のリューダー線や、「目に見える割れ目」とだいたい一致していたとしても、それは言わば偶然であって、必ずしもそうならなければならないというだけの根拠はまだ具備していないのである。それはいいとしても、ここでもまた、並行した割れ目の週期性に関する説明となると、現在のところでは全く何事もわかっていないと言わなければならない。だれであったか先年ドイツの雑誌で単晶の針金のすべり面の数が針金の弾性的高周波振動できまるという説を出したことがあったようであったが、これもあまりふに落ちない説であった。自分もかつて、砂層の変形の繰り返しによって生ずる週期的すべり面の機巧から推して、単晶体の週期的すべり面の機巧を予想してみたこともあったが、これとても決して充分だと思われない、最近にガラス面に沿うて電気火花を通ずる時にその表面にできる微細な顕微鏡的な週期的の割れ目
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