に、溶液の干上《ひあ》がるに従って、液面が周囲の器壁に接する境界線の所に、粉状の塩の土手ができる。それがやはり週期的な同心環の系列となって成長して行く現象が知られている。この場合はクントや米田《よねだ》氏の現象のように器械的振動は別に参与していると思われない。この際器壁に沿う気流があるから、あるいはここでも一種の渦動《かどう》が関係するかとも想像されるが、もしそれだけならば、大概の塩について同様でありそうなのに、特殊な塩に限って顕著であることから考えると、これはもっと分子物理学的または化学的領域の中にまで立ち入らなければならないような種類の現象であるかもしれない。
 そういう科学的な週期的形像中の最も顕著なもので、従来はなはだ多くの研究の対象となったものは、いわゆるリーゼガングの現象である。これに関してはかなりいろいろな説明的理論も提出されておりはするが、一言で言ってしまえば、要するにほとんどまだ目鼻もつきかねたようなありさまであるらしい。ともかくもこの現象は拡散に随伴する週期的現象である。言わば√−1[#「√」の中に「−1」]を含むイマジナリーな部分から成る拡散現象であるとも言われる。おもしろいことには、また一方で、自然界に存する実際のすべての波動はやはり「虚成分」をもっていて、これが減衰を支配し、ある意味ではまた拡散をも意味する。それで、もしや、拡散も波動も概括するような一つの大きな体系があって、その両極端の場合が不減衰波動と純粋な拡散とであって、その中間にいろいろなものが可能でありはしないかという空想が起こり得られる。ずっと昔、ケルヴィン卿《きょう》が水の固定波か何かの問題を取り扱うために伝導の式に虚の項を持ち込んだことがあったようなぼんやりした記憶があるが、事実は確かでない。しかしとにかくそういう種類の考えも、少なくも一つのヒントとしては役立つであろうと思うので、不謹慎のそしりを覚悟してついでに付記する次第である。
 週期的ではないが、リーゼガング現象といくぶん類似の点のあるのは、モチの木の葉の面に線香か炭火の一角を当てるときにできる黒色の環状紋である。これについては現に理化学研究所|平田《ひらた》理学士によって若干の実験的研究が進行しているが、これもやはり広義の拡散的漸進的現象に伴なう、不連続的あるいは局発現象であって、従来有りふれの単純な拡散の理論だけで
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