がめているうちにやっとの事で明白に実認したに過ぎない。いったい自分は、多くの人々と同様に、自分の理解し得ないものを「つまらない」と名づけたり、自分と型のちがった人を「常識がない」と思ったりするような事がかなりありそうであるが、幸いにあるいは不幸にして、自分の絵を一つの単純な絵として見て黒人《くろうと》のと比較する時に、自分のほうがいいと思いうるほどの自信がないと見えて、T君の絵と説とにすっかり感心してしまった。そうして頭を新しく入れ換えて第三号の自画像に取りかかる事にした。
 T君のすすめに従って今度はカンバスへやることにした。六号という大きさの画布を枠《わく》に張ったのを買って来た。同時に画架も買って来てこれに載せた。なんだかいよいよ本式になって来たと思うと少し気味の悪いような気もしてすぐには手をつけられなかった。居間のすみの箪笥《たんす》のわきにある鏡台の前へすわって左から来る光に半面を照らさせ、そして鏡に映っているものは画架でも背後の箪笥でもその上にある本や新聞でも、見えるだけのものはみんなそのままにかいてみようと思ってやり始めた。
 今度はなるべく顔を大きくするつもりで下図を始
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