画像はNo.[#「No.」は縦中横]2でしばらくやめてまた静物などをやっているうちに一日画家のT君が旅行から帰ったと言ってわざわざ自分の絵を見に来てくれた。ありたけの絵をみんな出して見てもらっていろいろの注意を受け、いろいろなおもしろい事を教わってたいへんに啓発されるような気がした。自画像の二枚については、あまり色が白すぎるというのと、もっと細かに見て、色や調子を研究して根気よくかかなければいけないというのであった。なるほどそう言われてみると自分のかいた顔は普通の油絵らしくなくて淡彩の日本画のように白っぽいものである。もっとも鏡が悪いために実際いくぶん顔色が白けて見えたには相違ないが、そう言われて後に鏡と絵と比べてみると画像のほうはたしかに色が薄くて透明に見えて、上簇期《じょうぞくき》の蚕のような肌《はだ》をしていた。そしていかにもぞんざいで薄っぺらなものに思われて来た。それからT君はいろいろの話の内にトーンというものの大切な事を話した。目を細くしてよく見きわめをつけてから一筆ごとに新しく絵の具を交ぜては置いて行くのだそうである。ある人は六尺もある筆の先へちょっと絵の具をくっつけて、鳥
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